判例タイムズ1531号で紹介された事例です(福岡地裁令和6年5月22日判決)。

 

 

本件はシートベルトの不装着を理由に切符を切られたが納得できないとして署名押印を拒否したが、減点がされ、その後の免許更新でシートベルト不装着を理由として優良運転者から一般運転者とする処分を受けたことから、処分の取消などを求めたという事案です。

 

 

前提として、処分の根拠となったシートベルト不装着につき、これを現認したという警察官の供述の信用性が問題となりましたが、裁判所は次のような指摘をして、信用性を否定しています(処分を取り消して優良運転者区分に変更を命令)。

 

 

・本件警察官らの視認状況
 ①本件交差点を左折中の本件パトカーの運転席からは、本件交差点に進入する直前(停止線の直前)の本件車両の運転席は、ハンドルにより運転者の胸元以上しか視認できない状況であった。
 しかも、②本件車両のシートベルトは、運転席横の支柱から伸びるものではなく、運転席背部、運転者の右肩口の直近から伸びる構造であり、かつ、当時の原告の上衣と同系色であったのであり、③本件当日午前11時頃は、その付近で降雨も確認されるなど、雲の量は相当程度あり、その視認状況がそれほど明るくなかった可能性がある。
 以上によれば、本件警察官らにおいて、本件車両が本件交差点に進入する前の時点で、本件車両内にいる原告がシートベルトを装着していたかどうかを判別することは、容易でなかった可能性がある。とりわけ、運転席横の支柱から伸びるベルトの有無でシートベルトの装着の有無を判断しようとする場合には、運転者がシートベルトを装着していたとしても、装着していないと誤認する可能性があったことがうかがえる。
 

・本件検証の結果について
 本件検証に係る検証調書には、肉眼では判別することが可能である旨の記載があるが、前記の事情に照らすと、その信用性は乏しいといわざるを得ない。
 そうすると、本件検証の結果によっても、本件車両が本件交差点に進入する前の時点で、本件パトカーから、本件車両内にいる原告がシートベルトを装着していたかどうかを判別することが容易であったとは認め難いというべきである。
 仮に肉眼で判別することが可能であったとしても、本件検証の結果は、本件車両のシートベルトの位置関係等をあらかじめ把握した上で意識的に観察した結果と評価することもできるのであるから、本件警察官らが、本件当日、見間違いをした可能性を排除できるものではない。

 

・巡査が原告に声をかけた際の原告のシートベルト装着状態との関係
 巡査は、本件警察官らが本件違反行為を現認したとされる時期の直後に原告に声をかけたところ、その時点で、原告は、シートベルトを装着していたものである。
 このことからしても、本件警察官らは、原告がシートベルトを装着しているのに、装着していないものと誤認した可能性が相当程度あるものといえる。

 

・本件警察官らの供述内容の一致について
 本件警察官らの供述部分には、本件警察官らが、本件違反行為を現認したとする際、お互いに「ベルトしていないね」というような会話をした旨の供述部分もあることからすると、本件警察官らが、互いの影響を一切受けずに、独自に原告のシートベルトの装着の有無を観察し得たかどうかは定かではなく、その一方が、先に原告のシートベルト装着義務違反を速断し、他方がそれに迎合し、あるいはその影響を受けて先入観をもって原告を観察した可能性も否定できない。
 また、前記で指摘した各事情に照らすと、本件警察官らが2名とも見間違いをした可能性自体も排除することはできない。


・本件車両が本件交差点を左折する時点での現認供述について
 証拠中には、警部補において、①本件車両が本件交差点を左折する中で、本件パトカーとの距離が約2.8mまで近づき、本件違反行為を近距離で現認し、②本件車両の左折中、原告の事後装着を現認した旨の警部補の供述部分もある。

 

 (①の点(近距離での現認)について)
  しかしながら、本件警察官らは、本件車両が本件交差点に進入する手 前の時点で、原告がシートベルトを装着していないと判断したというのであるから、そのように思い込み、あるいは本件車両を停止させ検挙することに気をとられ、改めてシートベルトの装着の有無を意識的に観察していなかった可能性もあることに照らすと、本件パトカーと本件車両との距離が約2.8mまで近づいたとしても、警部補がその時点でシートベルト装着の有無を誤認した可能性があることは、否定し難い。
 
 (②の点(事後装着の現認)について)
 ・本件当日に作成した原告の供述調書等の記載との関係
 仮に、警部補が、原告の事後装着を現認したとすれば、当該事実は見間違えの可能性を排斥する重要な事実であったはずであり(警部補自身も、シートベルトの装着義務違反者が慌ててシートベルトを装着する状況を現認しておきながら、その事実を当該違反者に説明・追及しないということはあり得ないとする)、捜査を行う警察官としては、これを記録化するのが通常である。
 しかしながら、本件当日作成された原告の供述調書には、事後装着の有無に関する問答等の記載はなく、原告が本件違反行為を否認していることを踏まえて実施された実況見分に係る捜査報告書にも、原告の事後装着を現認した時点における本件車両と本件パトカーの位置関係等の記載はないのである。
 ・審査請求時における本件警察官らの説明との関係
 本件警察官らは、令和3年4月、福岡県警の職員から、原告の審査請求を受けて、本件車両を停車させた時に原告がシートベルトを装着していたのかどうかの確認を求められた際にも警部補において原告の事後装着を現認した旨を説明した状況はうかがえない(なお、巡査は、直接には現認していなかったとしても、本件当日、警部補が原告に対し事後装着を現認した事実を説明し、追及していたとすれば、当然に認識していたはずである。)。
 かえって、福岡県公安委員会の令和3年6月2日付け弁明書には、事後装着の事実が記載されていないばかりか、本件車両が左折を完了するまで原告がシートベルトを装着せずに運転していた旨の記載がある。このような記載は、原告が本件交差点で左折中に事後装着をしたことと明らかに矛盾するものである。
 そして、警部補は、上記弁明書に対する原告の反論を受けて、改めて福岡県警の職員から聴取された時点に至って、ようやく事後装着について言及したのである。
 以上の事実に照らすと、警部補は、本件当日から、本件車両が左折を完了するまで原告がシートベルトを装着せずに運転していたとの認識を有していたことがうかがわれるのであり、巡査が原告に声をかけた際の原告のシートベル装着状態との整合性を保つために事後装着に言及し始めた可能性を否定し難いというべきである。

 ・証人尋問における供述内容との関係
  また福岡県公安委員会の令和3年8月23日付け弁明書には、本件パトカーが左折進行中、警部補が、原告の動向を注視し、事後着装を現認した旨の記載があるが、警部補は、本件訴訟の証人尋問期日において、車両を進行させながらよそを見るのは危険であるなどとして、事後着装を現認した時に本件パトカーは停止していたと供述した。
 このような事実に照らしてみても、警部補の供述部分②は、事後着装を現認した際の状況に関し、供述の変遷があるといわざるを得ない。

・供述内容の不自然さ
 警部補の供述部分②に係る原告による事後装着の態様は、本件車両を左折させながら、シートベルトを装着したというものである。
 しかしながら、原告が本件交差点を左折するに当たっては、左折中、少なくとも片手でハンドルを把持しておく必要があり、原告が、もう片方の手のみで、シートベルトの着装を行うことは、容易であるとはいい難い。
 そうすると、警部補の供述部分②は、その内容自体にも不自然さがあるというほかない。