家庭の法と裁判55号で紹介された裁判例です(東京高裁令和3年4月27日判決)。
本件は、婚姻意思の有無が争われた事案で、平成27年7月ころ、若年性認知症と診断されたAとの間で、平成29年2月、Aと被告Y2は、区役所において婚姻届を提出しました。婚姻届のAの署名についても自署不能のため証人が代書していました。
また、平成29年9月、被告Y2は、Aにつき保佐開始の申立てをし、鑑定を経て、後見相当との意見が出されたことから、平成30年1月、Aについて、後見開始の審判がなされ、後見人として弁護士Y1が選任されています。
原告はY2の弟で、Y2とAの成年後見人である被告Y1が被告とされています。
原審の認定によるとAと被告Y2は、平成16年12月ころ知り合い、平成17年8月、Aは被告Y2に対し、「2005.8.12 AtoY2」と刻印された指輪を贈ったり、平成17年11月3日には秋田県の温泉宿へ旅行に行くなどし、平成19年6月、Aが口腔外科に入院する際、被告Y2が付き添うなどしていました。
Aは、平成26年ころまで、会社の代表取締役や監査役であり、総務、経理等を担当していたいたが、平成24年ころから、会社の経理業務が滞りがちとなり、平成25年1月、物忘れ、記憶障害を訴えてかかりつけ医の医療法人eクリニックを受診したが、異常は見られなかったとされますが、同年10月、「物忘れが気になる」「思うように字が書けない」ことなどを訴えたため、再度受診したところ、アルツハイマー型認知症との診断を受け、同年12月からアリセプトの投与を受けるに至り、平成26年3月、Aが被告Y2とともに受診し、脳波検査、MRI検査、脳血流検査、頭部CT等の検査を受け、アルツハイマー病等が疑われています。
その後も暴言などがあり、同年6月、Aは原告らと受診し、長谷川式認知症スケールで14点、医師は「軽度~中等度レベル」と診断しました。
このとき、原告らは、これまで付き添いをしていた被告Y2につき、妻ではないこと、誰なのか不明である旨申告し、その後も、原告は被告Y2に対して、妻として通院に付き添っていることをとがめたが、被告Y2は事実婚であるから問題がない旨述べ、Aは、否定せずに黙っていたが、気持ちを問われ、被告Y2を愛しているなどと述べたとされます。
平成27年2月、アルツハイマー病、アルコール性認知症との診断を受けた、同月、Aについて、b区特別養護老人ホームの入所を申し込みがされ、同年3月、医師は、精神障害者保健福祉手帳用の診断書に「主たる精神障害」として「アルツハイマー病」、生活能力として「金銭管理と買物」、「他人との意思伝達及び対人関係」につき「援助があればできる」、「社会的手続及び公共施設の利用」につき「できない」などとし、「日常生活能力の程度」としては「精神障害を認め、日常生活に著しい制限を受けており、常時援助を必要とする」を選択しています。
同年4月、Aは、障害等級2級の障害者手帳の交付を受け、同年5月の訪問看護の記録によると、Aの長谷川式認知症スケールの結果は14点、同年7月、医師は、Aについて「認知機能全般というより特に失語、失行的な道具障害系統の症状の自覚が目立ちます。目指すものをつかみそこねたり、その他の失認症的症状も認められます。」と記載し、同月の受診の際のAのMMSの結果は、8点でした。
同月、訪問監護指示書において、日常生活の自立度の「寝たきり度 A1」「認知症の状況 Ⅳ」と記載があり、8月、病院の診療記録に、脳波検査について「メリハリの少ない記録で基礎律動でさえ判然としない」「本人はスポーツクラブに通いたがるが時に地誌的見当識障害(迷子)」「妹によれば本人がつきあっている女性に振り回されている旨 向後成年後見申請予定」と記載され、9月以降、Aは、若年性認知症対応のデイサービスの通所を開始するが、馴染めず、度々通所を渋っていたが、平成28年8月になると拒否したため、休止したうえ、9月末で退所となっています。
その後、有料介護施設の空きが見込まれたことから、入所の申込みに向けた準備を進め、同年9月、医師は、施設の担当医に対する診療情報提供書において、「症状経過 検査結果及び治療経過」では「脳波上全般性機能低下」、「前側頭障害による流暢性失語目立ち(そのためMMSE施行不能)、意思疎通不能によるご本人の葛藤強い状態です。2016年春頃よりさらに認知障害進行急速となり、自立度低下著しくなっておられます。」「備考」では「熱心なご家族(弟さん)とご本人のガールフレンドとの間に葛藤がある様子」と記載しています。
同年9月中旬以降、Aは、訪問介護担当者に対し「生活難しくなってきた。入らないといけないと思う。本音を言えばまだ入りたくない。」と述べていたが、その後、介護担当者に対し、医師に入所を勧められたことを話し、外出ができるかや、経済面の心配を口にするなどしていました。
施設入所後、Aは、ほぼ毎週末、被告Y2宅へ、2泊の外泊を行っていたが、外泊の泊数や頻度をめぐり、原告らと被告Y2との間でトラブルが生じるようになっています。
同年年末から年始にかけては二泊三日であったものの、以後、一泊二日となり、Aが病院を受診し、臨床心理士との面談において、「できれば2泊3日での外泊希望。弟夫婦からは外泊を止められいる」「〈弟夫婦への想い〉 あれこれ言ってくるのがストレス Y2さんとの付き合いを止めよう、言葉の端々に出ている 金銭管理については、弟に「握られている」感じがある 弟よりも弟嫁の方が強く言ってくる 〈Y2さんへの想い〉外泊を増やすことで一緒に過ごす時間を増やしたい 彼女と一緒にいると落ち着く、穏やかでいられる」と述べたとされ、同年2月、Aの外泊の際、A及び被告Y2が婚姻届の証人Dの自宅を訪問し、署名、押印をもらい、同月17日の外泊の際、Aと被告Y2、婚姻届の証人と婚姻届を提出し、そのまま施設に戻らなかったという経緯です。
【判旨】
・婚姻は身分法上の行為であり、法律行為と異なりその法的効果を理解する能力は求められておらず、社会通念上夫婦としての関係を創設することを理解しうる能力があれば足りる。
・この点、確かに、Aは、比較的早期の段階から、記憶障害や空間把握の能力が落ち、平成27年から平成28年にかけて、急速に認知症が進行したことが認められる。
もっとも、認知症の進行に伴い、失語症が進行していたことに加え、もともとの内向的な気質が相まって、MMSE等の検査の実施が困難となっている面が否定できず、訪問介護の記録をみると、介護担当者の来訪日時を覚えていて、換気をしたり、冷房を入れたり、お茶を入れる、趣味の話をするなどすることができ、通所型デイサービスについて、退所の意思を示すなど、一定の意思をもった行動がなされている。
また、本件施設の入所に至る経緯を見ても、当初は施設入所に消極的であり、自宅での生活を希望する旨を繰り返し述べていたが、医師らの働きかけの結果、本件施設に入所したものの、週末に被告Y2宅に行くことをA自身が希望していると医療関係者に伝えている。
このような経過からすれば、各種検査が不能ないし低得点であったことは、Aの失語症の影響を否定することはできず、本人と信頼関係を持った関係者がその意向をくみ取りながら聴取すれば、意思を伝えられる状態であったとみるのが自然であり、本件婚姻時においても、Aに意思能力はあったものと認められる。
・なお、原告は、医師の意見書において、「婚姻や財産管理などより重要で社会的に複雑な事象に関しては、その社会的な意味内容を理解することが出来ず、一貫して合理的な意思表示が出来ない状態にあります」と述べられていることを、Aに意思能力がないことの裏付けとして提出するが、同医師は、「婚姻」が「財産管理」と同様に「社会的に複雑な事象」であることを前提に述べている上、同医師は、意見書の作成時、原告らからの情報により、被告Y2がAを連れ去ったものと理解し、高齢者虐待会議で使用することを想定して作成されているから、Aを被告Y2から保護するとの偏ったバイアスがかかっている可能性が高く、採用できない。
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