判例タイムズ1529号で紹介された裁判例です(東京地裁令和6年1月18日判決)。
相続財産につき路線価による評価額を上回る価額として課税することの可否について,近時,これを肯定する判例が出されています(最高裁令和4年4月19日判決)
相続財産につき路線価による評価額を上回る価額として課税することの可否 | 弁護士江木大輔のブログ
本件は,取引相場のない株式を相続した相続人が相続開始直後に株式を売却し,国税庁が定めている評価通達に従い1株当たり8186円で計算して相続税申告したところ,税務当局は評価通達の定めによって評価することが著しく不適であるから評価通達で定められた方法によらずに他の合理的な方法によって評価することとし1株当たり8万0373円にて算定し,課税処分をしたため争いとなったものです。
判決は,前記最高裁判決の判断枠組みにしたがい,「評価通達の定める方法(本件においては評価通達180の定める類似業種比準価額)による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(特段の事情)があるか否かを検討し,本件においてはそのような特段の事情は存しないとしています(納税者勝訴 控訴審においても是認されています)。
・最高裁令和4年判決は、実質的には、特段の事情がある場合に評価通達6を適用することを肯定しているものと解されるが、当該特段の事情としてどのようなものが挙げられるかについて一般論として明示はしておらず、被相続人側の租税回避目的による租税回避行為がない場合について直接判示したものとは解されない。もっとも、最高裁令和4年判決が租税回避行為をしなかった他の納税者との不均衡、租税負担の公平に言及している点に鑑みると、租税回避行為をしたことによって納税者が不当ないし不公平な利得を得ている点を問題にしていることがうかがわれる。
・本件においては、最高裁令和4年判決の事案とは異なり、本件被相続人及び本件相続人らが相続税その他の租税回避の目的で株式の売却を行った(又は行おうとした)とは認められない。そうすると、本件各更正処分等の適否は、本件相続開始日以前に本件通達評価額を大きく超える金額での売却予定があった株式について、実際に本件相続開始日直後に当該金額で予定どおりの売却ができ、その代金を本件相続人らが得たことをもって、この事実を評価しなければ、「(取引相場のない大会社の株式を相続しながら評価通達の定める方法による評価額を大幅に超えるこのような売却による利益を得ることができなかった)他の納税者と原告らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反する」(最高裁令和4年判決)といえるかどうかによって判断すべきこととなる。
・相続開始後に納税、遺産分割、事業承継のための親族間での株式等事業承継用資産の集約その他の理由により、相続財産の一部を売却して現金化することは格別稀有な事情ではないが、かかる際に評価通達の定める方法による評価額よりも相当高額で現金化することができたとしても、当該売却やそれに向けて交渉をすること自体は何ら不当ないし不公平なことではなく、仮にそのような売却を行うことができたとしても、売却価額ではなく評価通達の定める方法による評価額で当該財産を評価して相続税を申告することが問題視されることは一般的ではない。また、相続開始後に相続財産を評価通達の定める方法による評価額よりも著しく高い価格で売却することができたとしても、その売却価額が当該財産の(被相続人による)取得価額よりも高額であれば、当該売却による利益は譲渡所得税による納税対象とされることになるし、これによって相続時と売却時に二度納税することになる。こうした点をも考慮すれば、相続税を軽減するために被相続人の生前に多額の借金をした上であらかじめ不動産などを購入して評価通達の定める方法における現金と不動産など他の財産に係る評価額の差異を利用する相続税回避行為をしているような場合でない限り、当該相続対象財産を評価通達の定める方法による評価額を超える価格で評価して課税しなければ相続開始後に相続財産の売却をしなかった又はすることができなかった他の納税者と比較してその租税負担に看過し難い不均衡があるとまでいうことは困難である。
・逆に、ある財産を相続して評価通達の定める方法による評価額で相続税を納税した上で、一定期間経過後に当該財産を上記評価額と比して著しく高い価格で売却することができた者を想定すると、相続財産を高値で処分したことは共通するのに、本件各更正処分等のように相続直近の時期に売却した者のみ当該売却価格に着目されて評価通達の定める方法による評価額を超える財産評価を受けて高額の相続税納税義務を負うという不利益が生ずることも想定される。そうすると、相続直後に相続財産を評価通達の定める方法による評価額を著しく超える価額で売却した(又はすることができた)者が売却しなかった(又はすることができなかった)者に比して常に有利であるとも限らず、むしろ、相続財産を相続開始直後に売却した場合にのみ評価通達の定める方法による評価額を超える財産評価を受けることは、明らかに前者にとって不利であるともいえる。このように考えると、相続開始直後に相続財産の一部を高額で売却することができたとしても、その事実に着目して相続課税をしなければ他の納税者との間で租税負担に看過し難い不均衡があるとは必ずしも断じ得ない。
・本件では、本件相続開始日直後に本件売却価格という評価通達の定める方法による評価額を大幅に上回る高値で本件相続株式を売却することができたという事情に加え、本件相続開始日以前から本件被相続人が株式の売却の交渉をしており、かつ、その生前の段階でその譲渡予定価格まで基本合意していたという事情が認められる。しかしながら、この場合であっても、最終的に本件相続株式の売却が成立し、本件相続人らが本件通達評価額を大幅に上回る代金を現に取得したという事情がなければ、およそ本件算定報告額をもって課税しなければ他の納税者との間に看過し難い不均衡が生ずるということはできない。しかも、一般にM&Aが終了しても前オーナーがしばらく会長や顧問等の職に就き、引継ぎを円滑に行うようにすることが多く、逆にM&Aの途中で前オーナーが死亡した場合には(引継ぎが困難になるため)買い手側が手を引く例があるところ、本件においても、本件被相続人はカリスマ的なオーナーであったため、本件買い手(本件基本合意以前から本件被相続人に対し、平成26年度の定時株主総会までは取締役会長に、その後も相談役又は顧問に留まって欲しい旨の意向を表明していた。)が本件相続開始によって本件相続株式の買取りを取りやめる可能性もあったことがうかがわれるのであって、本件基本合意が本件相続の後も本件相続人らとの間でそのまま存続するか否か自体、本件相続開始日においては不透明な状況であったといわざるを得ない。なお、上記の点に加え、本件基本合意が譲渡予定価格等について本件被相続人及び本件買い手を法的に拘束するものではないとしていた点や本件被相続人において株式の全部を取りまとめ又は買い集めることが前提条件とされていた点などに鑑みれば、譲渡予定価格による本件相続株式の売買代金債権を相続財産と同視することも困難である。したがって、本件相続開始日以前から株式の譲渡予定価格が本件被相続人と本件買い手との間で事実上合意されていたという事情を殊更重視するのは相当ではない。
加えて、相続開始後に評価通達の定める方法による評価額より著しく高い価額での売却によってほぼ同額の利得を得た納税者を想定した場合においても、上記売却に向けた交渉が相続の前後にまたがっている納税者に対して当該売却額に着目した相続課税をしなければ、相続開始後に売却に向けた交渉を開始した納税者との間に租税負担の点で看過し難い不均衡があるともいえない(むしろ、前者に対してのみ高額の課税をすることの方が不公平とも考えられる。)。
以上によれば、本件相続の開始前から株式の譲渡予定価格が事実上合意されていたという事情をもって、特段の事情(の一部)ということはできない。
・また、評価通達は、評価通達6が適用される場合を除き、公開株式のように個別性が低く客観的な価格が容易に算定され又は判明するような相続財産でない限り、不動産など個別の評価において、あらかじめ定められた一定の方法で算出された価格をもって当該相続財産の価格と評価することとしており、当該方法によって算定された価格ではなく、相続開始後に行われた当該財産の具体的な取引価格を参照したり、類似の取引事例を考慮して当該財産を評価したりする方法は採用していない。仮に、課税庁が相続開始後の取引といった個別事情を考慮するとなれば、相続開始日と売却時期がどの程度接近していれば当該売却の事実を考慮するのか、評価通達の定める方法による評価額と売却価額の間にどの程度の差があれば評価通達6に基づく個別評価をするか、個別評価をするとしてどのように評価するかといった点が問題になるところ、これらについての基準はなく、課税庁が個別的にその適否を判断することにならざるを得ない、しかしながら、そのようなこと自体、課税庁による恣意的判断が介入したり、他の事例との間で不合理な差異が生じたりする余地があって、評価通達の趣旨や平等原則の要請に反するというべきであり、適用の有無の別やその具体的方法の差異について、納税者間に不均衡又は不利益が生ずる可能性を否定することができない。
これを納税者側から見ると、相続税の申告前に、相続後に全部又は一部の相続財産を評価通達の定める方法による評価額とは異なる額で売却した場合において、上記評価額に従って算出した額で申告をすべきかどうか、いかなる場合にこれと異なる額で申告をすべきか、異なる額で申告をするとしていかなる額で申告すべきかが一切明らかでないこととなるし、同様に、相続税申告後に相続財産を売却した場合に、その売却額に従って算出した額で修正申告をすべきかどうかも明らかでない。また、納税者側が、評価通達の定める方法による評価額に依って申告をした場合には、事後的に課税庁の判断で上記評価額とも売却額とも異なる額を前提とした予測可能性のない更正処分を受ける危険を負わなければならない。評価通達6という極めて抽象的な規定を除けば、法令にも評価通達その他の通達にもかかる事態が具体的に想定されているとは解し難い点も併せて考えれば、納税者側が租税回避行為をしていたような場合は別として、納税者がかかる不安定な地位に置かれ、不利益を受けるのは、申告納税制度や評価通達の趣旨に照らし、強い疑問が残るものといわざるを得ない。
・以上の点を考慮すれば、本件のように、相続財産となるべき株式売却に向けた交渉が相続開始前から進行しており、相続開始後に実際に相続開始前に合意されていた価格で売却することができ、かつ、当該価格が評価通達の定める方法による評価額を著しく超えていたという事実をもってしても、直ちに納税者側に不当ないし不公平な利得があるという評価をすることは相当ではなく、評価通達6を納税者の不利に適用するに当たっては、上記オで説示したような不均衡や不利益等を納税者に甘受させるに足りる程度の一定の納税者側の事情が必要と解すべきである。例えば、被相続人の生前に実質的に売却の合意が整っており、かつ、売却手続を完了することができたにもかかわらず、相続税の負担を回避する目的をもって、他に合理的な理由もなく、殊更売却手続を相続開始後まで遅らせたり、売却時期を被相続人の死後に設定しておいたりしたなどの場合であるとか、最高裁令和4年判決の事例のように、納税者側が、それがなかった場合と比較して相続税額が相当程度軽減される効果を持つ多額の借入れやそれによる不動産等の購入といった積極的な行為を相続開始前にしていたという程度の事情が特段の事情として必要なものと解される。