労働判例1324号で紹介された事例です(東京地裁令和5年4月10日判決)。
【事案】
主に営業職として就労していた原告(正社員)が、双極性感情障害を発症して被告を休職していたところ、被告から、就業規則で定められた休職期間の満了を理由に自然退職したものと取り扱われたことから、地位確認などを求め出訴した。
被告の就業規則には、従業員が私傷病により最長1か月の病気休暇を取得し、私傷病による欠勤がおおむね1か月程度以上続くと認められるときには休職とし、休職の事由が消滅したと会社が認めた場合又は休職期間が満了した場合には原則として休職前の職務に復帰させること、休職事由が傷病等による場合には休職期間の満了時までに治ゆ(休職前に行っていた通常の業務を遂行できる程度に回復すること)しているか、復職後ほどなく治ゆすることが見込まれると会社が認めた場合には復職させること、休職事由が消滅しないまま休職期間が満了すると退職となることが定められていた。
【判旨】
・就業規則の規定に照らせば、被告の休職制度は、私傷病を発症した労働者に対し、休職期間において治療ないし健康状態回復の機会を付与するとともに、労務への従事等を免除しながら雇用関係を維持しつつ、解雇を猶予する趣旨の制度であると解され、また、休職の事由が消滅したというのは、いったん免除した労務の提供を再度求めることを意味するものであって、その場合は雇用契約の債務の本旨に従った履行の提供が必要となることから、休職前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合をいうものと解するのが相当である(なお、就業規則には傷病等が「治ゆ」したことが復職要件とされているが、疾病類型によっては「治ゆ」の判定が困難なものがあるものと解され、一方で、「治ゆ」に至らずとも雇用契約の債務の本旨に従った履行の提供が可能となる場合も存するものと解されるから、同各項の「治ゆ」の意義については、前示のとおり、休職前に行っていた通常の業務を遂行できる程度に傷病等が回復すること、あるいは、復職後ほどなく上記の程度の回復が見込まれることをいうものと解するのが相当である。)。
・前記のとおり、被告の休職制度は、私傷病を発症した労働者に対し、休職期間において労務への従事等を免除しながら雇用関係を維持しつつ、解雇を猶予する趣旨の制度であると解されるから、休職事由の消滅に関する主張立証責任は、解雇を猶予されていた労働者の側において負担するものと解するのが相当であり、そのように解したとしても、主張立証の対象は自身の健康状況に関するものである以上、労働者に過度の負担を強いることにはならないというべきである。
・したがって、本件においても、原告は、延長後の休職期間が満了する時点において本件傷病が休職前に行っていた通常の業務を遂行できる程度に回復していたこと、あるいは、復職後ほどなく上記の程度の回復が見込まれる状態にあったことについて主張立証する責任を負う。
・延長後の休職期間が満了する時点において、原告が復職に向けた意欲を有しており、また、主治医からも同月から復職可能である旨の診断がされていたとしても、原告の精神疾患は、平成26年3月以降、6年間余りの長期間にわたって要治療の状態にあり、令和2年3月当時も薬効の強い薬剤が多種類投与されているなど治療が継続されていたものといえ、一方で、原告については休職に入った平成30年9月以降の1年6か月余りの期間、ほとんど外出しないまま自宅療養を続け、その間、復職に向けた生活リズムの改善や外出訓練といった復職に向けた取組は一切図られないままであったことが認められる。
・そうすると、原告の本件傷病について、令和2年3月時点で復職可能な程度に回復しており、あるいは、復職後ほどなく回復する見込みがあるとは診断し難いとした産業医の判断は、同時点までの原告の行動等や診療経過とも整合するものとして合理性を有するといえ、かかる判断に本件傷病の病態及び治療に関する一般的な医学的知見も併せれば、令和2年3月時点で原告の本件傷病が主治医の診断のとおり医学的にみて一時的に寛解の状態にあったと解したとしても、延長後の休職期間が満了する令和2年3月末日の時点において、原告が休職前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復していたことはもとより、復職後ほどなく上記の健康状態に回復することが見込まれる状態にあったとは認め難いものといわざるを得ない。