判例時報2615号で紹介された裁判例です(東京地裁令和5年6月12日判決)。
本件は、真言宗のお寺(被告)の檀徒でその運営する墓地の使用許可を有していた母親(本件訴訟提起後に死亡)の子である原告が、その夫が亡くなったため、被告に読経や戒名を依頼したが、葬儀の段取り等について打合せをするため、被告の固定電話や住職の携帯電話に複数回架電し、翌日の夜半にようやく連絡がついたものの、住職が飲酒していた状態であったり、夫の人となりや生前の職業、業績等について喪主である原告から予め聴取することなく戒名を提示したこと等に不満を抱き、別のお寺(天台宗)に依頼して戒名を授けてもらうなどしたところ(葬儀自体は、被告の住職が手配した代行導師によって執り行われた。)、被告は、墓地使用許可を取り消し、本件墓地区画を返還するよう求めるに至ったため、紛争となったというものです。
被告の規則には、「当寺墓地使用の承諾を得たるものは、当寺檀徒として使用承諾したるものに付き、葬祭年回其の他の法要は、凡て当寺の儀式即ち真言宗の法儀を以て執行すること。」「当寺墓地使用者は、Y寺檀徒又は信徒に限るものとする。但し住職が相当と認めるときは、その使用を承認することができる。」「墓地を所用している檀徒が信仰をかえてY寺の檀徒でなくなった場合は、その後新たに焼骨の埋蔵することができない。」といった定めがあり、原告の行為がこれらの規定に抵触するのか問題となりました。
【判旨】(墓地の永代使用権を有することを確認などを求めた原告勝訴)
本件墓地使用規則は、8条において、「墓地を所用している檀徒が信仰をかえて被告の檀徒でなくなった場合」には、新たな焼骨の埋蔵ができなくなると規定する一方、11条3号において、「信仰を異にして真言宗の教義にそむき、管理者および被告檀徒の宗教感情を著しく害すると認められるとき」には墓地使用許可を取り消す旨規定している(前記前提事実(2)オ、カ)。すなわち、被告においては、その墓地を使用する檀徒が信仰を変えて被告の檀徒ではなくなった場合でも、墓地への新たな焼骨埋蔵ができなくなるのみである一方、本件墓地使用規則11条3号に掲げる事由に該当する場合には、墓地使用許可が取り消される結果、新たな焼骨埋蔵ができなくなるのみでなく、設置した墓石を撤去した上で先祖の供養場所を他に探さなければならなくなるという、はるかに重大な権利制限がもたらされることになる。そうすると、墓地の使用者の行為が墓地使用許可の取消事由に該当するか否かの判断に当たっては、当該行為が「信仰をかえて被告の檀徒でなくなった場合」よりも更に重大な信頼関係の破壊をもたらすものであるか否かを検討する必要があるというべきである。
これを本件についてみると、原告は、原告の夫につき、被告住職から提示された戒名ではなく、天台宗の寺院の住職から戒名を得て、このことを事後的に被告住職に伝えている(前記前提事実(3)ウ、エ)。しかし、これらは、当時本件墓地使用許可を有していた原告の母親ではなく原告が行ったものであり、原告の母親がこれらにどの程度関与していたかは、本件各証拠に照らしても明確ではない。また、原告は、原告の夫の通夜、本葬及び初七日法要の読経を被告住職に依頼し、これらは被告住職が手配した代行導師によって被告の宗派に沿った方式で行われているのであり、原告ないし原告の母親は、これらの読経費用を被告に送付しているほか(前記前提事実(3)オ)、被告に対する毎年の護寺会費の支払も続けている(前記前提事実(7))。これらに照らせば、原告の母親は、「信仰をかえ」たり「被告の檀徒でなくなった」りしたもの(本件墓地使用規則8条)ですらないというべきである。そして、原告が、上記のとおり原告の夫につき被告住職から提示した戒名を受けるのではなく天台宗の僧侶から戒名を受けることとしたのは、あらかじめ原告から原告の夫の生前の人となり等を聴き取ることなく原告の夫の戒名を提示し、上記戒名に含まれる文字(「空」)の意味について問われた際にも、原告の夫と特段関係のない抽象的な返答をするにとどまり、その後、上記戒名を記載した半紙を原告に手渡すことすらしなかった(前記前提事実(3)ア)という被告住職の対応によるものであることに加え、被告がその運営する墓地敷地外壁に、金額を記載した「墓地分譲中」との大型看板を掲示していることから(前記前提事実(6))、墓地使用許可に当たり、墓地使用者が被告の宗派に沿った信仰を有することを必ずしも厳格に要求しているものではないとうかがわれることも考慮すれば、原告の上記言動をもって、墓地使用許可の取消しという重大な権利制限の結果を生じさせるほどに被告と原告の母親との間の信頼関係が破壊されたと評価することはできない。
したがって、原告の母親につき本件墓地使用許可の取消事由(本件墓地使用規則11条3号)に該当する行為があったとは認められないから、本件墓地使用許可の取消しについての手続的瑕疵の有無について判断するまでもなく、本件墓地使用許可が取り消されたとはいえない。