判例タイムズ1528号で紹介された事例です(東京地裁令和5年3月9日判決)。

 

 

法38条1項は、譲渡所得の計算の原則として、譲渡価額から当該資産の取得費等を控除する旨定めるとともに、同条2項において、当該資産が、その価値が使用により目減りする性質のものである場合には、課税の場面においても当該資産価値の目減りを反映させるのが相当であるとの趣旨で、取得費から減価の額を控除する(取得費控除)旨定めています。

100万円で購入した資産を90万円で売却した場合、売却益はなく譲渡所得税はかからないようにも思われますが、そうではなく、仮に30万円分の減価償却がされていたとすると、その分は取得費から差し引くので、100万円から30万円を差し引いた70万円が取得費とされ売却金額90万円との差額20万円が売却益となります。

 

 

所得税法

(譲渡所得の金額の計算上控除する取得費)
第38条2項 
譲渡所得の基因となる資産が家屋その他である場合には、前項に規定する資産の取得費は、同項に規定する合計額に相当する金額から、その取得の日から譲渡の日までの期間のうち次の各号に掲げる期間の区分に応じ当該各号に掲げる金額の合計額を控除した金額とする。

 

本件において、課税当局は、法38条2項を適用して、原告(納税者)が4台のフェラーリ(限定生産された希少性の高いもの)を売却して得た売却益を算定し譲渡所得税を課税したのに対し、原告は、フェラーリのような高級外車は、「使用又は期間の経過により減価する資産」にあたらないと主張しました。

 

 

【判旨】

 減価償却及び取得費控除の局面において、ある資産の価値が減少する程度の計算については、個々の資産に係る事象を捨象して類型ごとに行うことが前提とされている。これは、所得の算定方法を簡便かつ合理的な方法に統一し、課税の公平を図ることに資するという点でも、法の趣旨に適う合理的なものといえる。
 なお、非業務用資産の場合には減価償却に係る規定は存在しないが、前記(ア)のとおり、法38条2項において、業務用資産の場合に準じて取得費控除がされる旨規定されていること、仮に取得費をそのまま維持するとした場合、取得後相当期間経過後に非業務用資産を譲渡すると、通常は譲渡損失が生じて譲渡者の所得ひいては税負担が圧縮されることになるが、非業務用資産であってもその使用によって帰属所得が生じていることなどに鑑みると、この帰結は必ずしも相当ではないものと考えられることから、非業務用資産においても、取得費控除については業務用資産と同様に取り扱うものとされている。
 そして、資産の価値とは、その資産が有する、何らかの目的の実現に役立つ性質や程度を指すところ、当該資産価値の目減りの程度を(個々の資産に特有の事象を捨象して)計算するという前記(イ)における議論の前提として、その資産の「価値」の定義、すなわち、何が当該資産の「価値」といえるかという点についても、原則として、個別具体的な事情や当該資産に対して納税者の置く主観的な意義付けを離れて、その類型ごとに社会通念上想定される本来的な目的・効用という観点から、一定の擬制を置かざるを得ないものというべきである。換言すれば、ある資産が、「使用又は期間の経過により減価」(法38条2項)しない資産(前記(ア)のとおり、その範囲は、「時の経過によりその価値の減少しない」資産(施行令6条柱書き括弧書き)の範囲と同じであるものと解される。)に該当するか否かの判断も、当該資産が、その属する類型において、社会通念上想定される本来的な目的・効用を前提に、当該目的・効用が期間の経過により減少していくか否かという点から行われるべきであり、ただ、個別の資産につき、その価値が、当該類型の資産に求められる本来的な目的・効用とは異なる面に置かれていることが社会通念上確立しているといえるような例外的な場合に、これと異なる判断がされるにすぎないものと解するべきである。

 

 本件車両A及びBは、いずれも自動車であるから、施行令6条6号にいう「車両及び運搬具」に該当する。そして、自動車の本来の効用は、人や物を乗せ、原動機の動力によって車輪を回転させて路上を走ることにあるところ、経年や使用によって原動機の性能が低下したり、その構成部品が劣化したりすることによって、その機能は一般的・類型的に逓減していくものであり、逆に、およそ自動車である以上、かかる機能の劣化が一切発生しないとか、使用によってむしろ機能が向上するといった事態が生じ得ないことは、社会通念上明らかであるといえる。そうすると、自動車は、原則として「時の経過によりその価値の減少しない」資産には該当しないものというべきである。
 他方、基本通達2-14は、美術品等につき、「時の経過によりその価値の減少しない」資産該当性についての実務上の判定基準を定めている(なお、同じく減価償却資産該当性が問題となる法人税基本通達7-1-1にも、基本通達2-14と同様の定めがある。)。これは、美術品とは、絵画・彫刻・工芸品その他の有形の文化的所産である動産を意味することを前提に、これらは、社会通念上その目的として鑑賞以外のものが想定されない、又は茶器などのように鑑賞以外の目的や機能(茶器であれば食器としてのそれ)が形式的には想定されるとしても、当該目的や機能の部分が形骸化し、鑑賞対象としての部分がその価値のほとんどを占めるものとして社会通念上確立しているために、価値の目減りが将来にわたり生ずる余地がない(多数の者が鑑賞することで価値が減少していったり、時の経過に応じて定量的に価値がなくなっていったりする関係にない)ことから、美術品等に該当すれば「時の経過によりその価値の減少しない」資産に当たる旨を定めたものと解される。もっとも、何を「美術品」等と定義するかを個々の主観に委ねることは、美的感覚が人により大きく異なる以上極めて安定性を欠く結論になることを踏まえ、基本通達2-14において基準が設けられているものと解される。
 かかる基本通達2-14の存在にも照らせば、施行令6条各号に該当する資産が、鑑賞対象としての卓越性に係る価値をも併せて有するような場合に、それをもって「時の経過によりその価値の減少しない」資産に該当するといえるか否かは、上記のような価値の目減りが将来にわたり生ずる余地がないものという評価が社会通念上確立しているかどうかによって判断すべきである。この点、基本通達2-14の⑴は、減価償却資産に該当しないものの例として、「古美術品、古文書、出土品、遺物等のように歴史的価値又は希少価値を有し、代替性のないもの」を挙げている。そして、改正前基本通達2-14は、減価償却資産に該当しないものの例として「書画、骨とう」を掲げ、基本通達2-14の⑴における「古美術品、古文書、出土品、遺物等のように歴史的価値又は希少価値を有し、代替性のないもの」を「書画、骨とう」に該当するものの例として列挙していた。また、「骨とう」該当性の解釈として、日本標準商品分類上「骨とう」とはその制作後100年以上を経過したものを指すとされていることなどを踏まえて判断するものとしていた。
 これは、物に対する価値の見いだされ方には時代ごとに差があり得ることに加え、鑑賞対象としての部分以外に実用的な機能を有する資産の場合は、技術が進歩する以上、当該資産の実用的な機能としては古い物より新しい物の方が優れていることを前提に、長い時代の変遷を経ても、また、実用的な機能自体は新しいものに大きく劣っていても、なお当該資産に高い価値が付けられているようなものは、社会通念上、当該資産の実用的な機能以外の部分(すなわち、鑑賞対象としての部分)が、その物の価値として確立した(すなわち、歴史的価値又は希少価値がその本来的効用として定着した)ものと判断することができるとの解釈に基づくものと解される。
 そうすると、社会通念上「美術品」に該当しない資産、すなわち、当該資産の類型上、鑑賞以外の実用的な目的又は機能が想定される資産が、なお「時の経過によりその価値の減少しない」資産に該当するといえるような例外的な場合とは、当該資産が、「骨とう」すなわち「古美術品、古文書、出土品、遺物等」に類するといえる程度の長期間を経てもなお確立した高い価値を維持しているような場合等に限られるというべきであり、「希少価値」や「代替性のない」との文言もかかる文脈において理解されるべきであり、単に市場における希少性等によってその価格が(せいぜい数年単位の期間で)高騰しているにすぎないような場合を含むものではない。

 

 フェラーリF50は、フェラーリ社の歴史の中でも重要なコレクションカーであり、かつ、希少性を販売戦略の旨とするフェラーリ社の製造する車種の中でも生産台数が相当少ない部類に入ることから、その機能面のみならず、美的側面や希少性も価格形成要因の相当部分を占めているものと認められる。
 他方、フェラーリ社がF1で優勝することのできるスピードとパワーを有するスポーツカーの製作を源流とするブランドであること、実際に、過去のオークションにおいても、フェラーリF50の価値として、高性能のエンジンを搭載しており、レーシングカーとしての機能をもって公道を走行できることや、フェラーリ社の正規代理店でメンテナンスを受け、すぐに走行し得る状態であることなどが掲げられていることからすれば、原告が本件車両Aを購入した際のみならず、年数経過後に売却した時点においても、フェラーリF50の価値の背景に、自動車の有する本来的な機能(すなわち、原動機の動力によって車輪を回転させて路上を走ること)があることは明らかである。
 さらに、フェラーリF50は、原告が入手した当時、中古車とはいっても製造から2年程度しか経過していない状態であり、売却時でみても製造から18年程度しか経過していないのであるから、いわゆる「骨とう」といえるほどの期間にわたり高い価値を維持しているとはいえない。そもそも、フェラーリF50の価格が高騰し始めたのは平成25年頃からで、現在のように数億円を超える価格で落札されるに至った背景にも、この時期以降、高級車等が投機の対象として見られるようになってきたこと(いわゆるオークション・バブル)があるものとうかがえる(なお、投機対象が変動したり、人々の趣味嗜好が変わったりすることにより、かかるバブル的な価格が必ずしも長年にわたり維持されないことがあるのは公知の事実であって、現に、前記⑵アのとおり、高額での落札後に供給量の増加により価格が下落した車種も見受けられる。)から、フェラーリF50の今後の価格推移については未だ不確定な面もあるといわざるを得ない。
 そうすると、本件車両Aにつき、社会通念上「美術品」に該当しない資産が例外的に法38条2項による取得費調整の対象となる資産(施行令6条柱書きにいう「時の経過によりその価値の減少しない」資産)に当たるような場合、すなわち、当該資産が、「骨とう」、「古美術品、古文書、出土品、遺物等」に類似するといえる程度の長期間を経てもなお高い価値を維持しているような場合に当たると解することはできない。
  

 フェラーリ512TRは、フェラーリにおいても人気の高いスーパーカーの最終生産モデルであり、比較的生産台数が少ない部類に入ることから、その機能面のみならず、美的側面や希少性にも相当程度着目して価格が形成されているものと認められる。他方、フェラーリ512TRにおいても、前記アにおけるのと同様、F1カーの製作を行うフェラーリ社のブランド性を前提に、その搭載するエンジンや走行性といった自動車本来の機能が現在まで維持されていることにも価値が置かれていることは明らかである。さらに、フェラーリ512TRも、原告が入手した当時は新車であり、売却時でみても製造から24年程度しか経過していないのであるから、いわゆる「骨とう」といえるほどの期間にわたり、高い価値を維持しているとはいえない。
 したがって、本件車両Bについても、本件車両Aと同様に、「骨とう」、「古美術品、古文書、出土品、遺物等」に類似するといえる程度の長期間を経てもなお高い価値を維持しているような場合に当たると解することはできない。

 

 結局、本件車両A及びBのいずれについても、その価値が、当該類型の資産に求められる本来的な目的・効用とは異なる面に置かれていることが社会通念上確立しているといえるような例外的な場合には該当しないというべきであるから、法38条2項にいう「使用又は期間の経過により減価する資産」として、取得費控除の対象となることになる。そして、弁論の全趣旨に照らし、これと同様の理解を前提にしてされた処分行政庁の税額計算にも誤りは認められない。