判例タイムズ1527号で紹介された裁判例です(東京地裁令和5年6月15日判決)。

 

 

本件は、美容師との間で、競業避止義務に違反した場合は300万円の違約金を支払う内容の業務委託契約を締結していた会社が、退職した美容師が同義務に違反したとして、違約金の支払いを求めたという訴訟です。

経緯について補足すると、もともと、本件美容師は9年近く会社との間で雇用契約を締結して稼働していたものの、社保や残業代が支払われていないという状態でったところ、令和元年になって、雇用契約は別会社に切り替えたうえで、それまで雇用契約を締結していた会社との間では業務委託契約(アーティスト契約と謳っていました)を結びなおし、党が業務委託契約において、従前の雇用契約には規定がなかった問題の競業避止義務が規定されていました。

おそらく、別会社との雇用契約に基づいて社保加入とするものの、給与は低く抑えることで社会保険料も節約しようとしたものと思われます。

 

 

本件ではこのような競業避止義務の有効性が問題となりましたが、裁判所は、つぎのとおり指摘して、公序良俗に反し無効であると判断し、会社(原告)から美容師(被告)に対する違約金請求を棄却しています。

・原告と被告との間の当初の雇用契約においては、被告にそのような義務は課されておらず、被告が本件店舗で勤務するようになって9年以上が経過した時点で、原告から本件アーティスト契約締結の申入れがあり、被告がこれに応じたものである(これが被告の自由意思に基づくものであったか否かはとりあえず措く。)。一般に、雇用契約においては、使用者と労働者の地位が必ずしも対等とはいえないことから、労働基準法その他の法律によって使用者の契約自由の原則に対する種々の制約が設けられている等に照らせば、本件約定の有効性を検討するに当たっても、前記認定の事実関係を踏まえ、従前の雇用契約において労働者であった被告が契約変更を余儀なくされ、不当に競業避止義務を課されることとなっていないか否か、競業避止義務の代替措置が十分に執られているか否かを検討する必要があるものと考えられる。

・本件(別会社との)雇用契約においては、契約締結日が令和元年9月7日であるにもかかわらず、契約期間の始期がそれ以前の平成31年4月1日となっており、本件アーティスト契約においても、契約締結日は令和元年10月3日であるにもかかわらず、契約期間の始期はそれ以前の平成31年4月1日からとなっているものであり、これらの事実は、原告代表者が従前から本件店舗で働いていた美容師に対して有無を言わせないという態度をとっており、また、アーティスト契約についても、本件店舗で引き続き働くためにはその締結が必須であり、その例外は認めないという態度をとっていたことを窺わせるものといえる。
・また、原告においては、従前は本件店舗で働いていた美容師を社会保険に加入させておらず、かつ、時間外労働手当を支払っていなかったところ、原告が従前の雇用契約から本件契約スキームの採用を決断するに至ったのは、このような違法状態を解消することが主たる目的であったものと認められる。このように、原告が本件契約スキームを採用することになった経緯等に照らしても、被告を含め、本件店舗で働いていた美容師において、アーティスト契約を締結するか、従前の雇用契約を維持するかの選択権が実質的に保障されていたとは考え難い。
・これらの事実に加えて、本件雇用契約及び本件アーティスト契約のいずれにおいても、その契約期間の始期は本件説明会が開催された日の二週間後とされており、十分な検討期間が保障されていたとはおよそ言えないこと)、本件説明会が実施された当時本件店舗で働いていた美容師9名の中で、平成31年3月31日以前の雇用契約をその後も継続した者はおらず、かつ、前記美容師9名は本件訴訟において本人尋問が実施されるまでの間に全員が本件店舗を辞めていること、被告は、令和元年11月頃には、原告代表者に対し、本件店舗を辞めたい旨を告げていたのに、原告代表者の意向により、被告の退職時期が令和2年12月末日までずれ込んでいることも併せ考慮すれば、原告代表者は、被告を含む前記美容師9名に対し、本件店舗で引き続き働くためにはアーティスト契約(業務委託契約)への移行が必須であり、その例外は認めないという強い態度をとっており、このため、前記美容師9名には、事実上、原告が提示するアーティスト契約を受け容れるか、本件店舗を辞めるかの選択肢しか用意されておらず、従前の雇用契約を維持するという選択肢は認められていなかったことが強く推認される。

・本件全証拠によっても、本件アーティスト契約締結後に、被告の手取り額が増えたものとは認め難く、むしろ、被告が、本件アーティスト契約締結直後に、原告代表者に対し、本件店舗を辞めたいと伝えており、最終的に、前記美容師9名全員が本件店舗を辞めていること等に照らすと、美容師にとっては、アーティスト契約への移行に伴うメリットがほとんど感じられなかったものと推認される。

 

 

 

競業避止義務 | 弁護士江木大輔のブログ