判例タイムズ1527号で紹介された事案です(東京地裁令和5年4月17日判決)。
本件は、原告(中古車輸出業及び新車又は中古車買取・販売事業を主たる事業 当時東証2部上場)が、株式取得の方法によりMAを実施したが、MA仲介会社である被告が重過失により性格適切な情報提供をしなかったとして損害賠償請求したという事案です。
買収対象の会社は、自動車メーカーとの間で販売代理店契約を締結しており、この点が原告にとって魅力的で本件MAを進めたものでした。
しかし、買収対象会社が締結していた販売代理店基本契約においては、買収対象会社が営業の全部又は一部を譲渡,転貸したとき,もしくは他の会社と合併したときは,自動車メーカー側から,何らの通知催告の手続を要しないで直ちに本契約を解除することができる旨の条項があり、本件MAについて承諾が得られるかどうかが本件MA成就の肝でした。
原告は、被告から、承諾が得られたという情報を伝えられたため被告との間でMA仲介契約を締結し、成功報酬1100万円を支払いましたが、その後になって、自動車メーカー側から期間満了による不更新の通告を受けたことから、話が違うとして、支払った成功報酬のほかデューデリに要した費用などの賠償を求めて訴訟提起したというのが本件です。
本件において、原告被告間のMA仲介契約では、
・被告は,原告に対し,本件提携に必要な情報の収集・調査及び資料の作成を行うに当たっては,正確かつ適切な情報提供を心がけるものとする。ただし,被告は,丙川その他の第三者から提供を受けた情報に関し,その真実性,正確性,妥当性,網羅性について被告独自の調査・検証を行っていないことから,それらの情報の真実性,正確性,妥当性,網羅性についていずれも保証するものではなく,また,これらの情報に将来予測,見込み及び予定等が含まれている場合において,その実現可能性につき何らの責任を負うものではないことについて,原告は同意するものとする。
・上記にもかかわらず,被告は,本件提携に関し,故意又は重過失がない限り,原告及びその他の者に対して損害賠償を含む一切の責任を負わないものとし,原告は被告を免責する。なお,故意又は重過失によって被告に損害賠償の責が生じた場合の支払額は,いかなる請求原因であっても,当該請求時点において被告が受領した金額を限度とする
と規定されており、かかる規定の有効性がまず問題とされました。
判決は、M & A 関連の仲介契約においては,M & A の仲介業者が責任を負う場合を故意又は重過失のある場合に限定し,かつ,賠償の範囲も当該業者が受領した報酬の範囲に限る例があるると認められ,本件の当該条項が他の同種の契約事例に比して,取り立てて原告に不利な条件を課すものであると評価することはできない、また,原告は,被告に対し,被告が責任を負う場合及び賠償範囲を限定する部分の撤廃を求めたものの,被告から,他の顧客との平等の観点から変更できない旨の返答があったため,原告と被告との間で,同部分が撤廃されないまま本件仲介契約が締結されたと認められるものの,被告が,契約締結の自由を排し,原告の意思に反して,原告に本件仲介締結を契約締結を甘受させたといった事情まではうかがわれないとし、公序良俗違反であるとする原告の主張を退けています。
そうすると、「承諾を得られた」とする結果的に誤った情報(承諾の有無については争われていますが、承諾はなかったと認定されています)を原告に伝えたことにつき被告に重過失があつたかどうかが問題となります。
判決は、被告は,本件株式譲渡契約締結までの過程において,原告が本件株式を譲り受けるに当たって,買収対象会社がが 当該自動車メーカーの販売代理店(ショップ)であることを評価しており,このような原告の意向に沿う形での本件株式の譲渡を実現するためには,あらかじめ C自動車メーカー側から本件承諾を得ておく必要があったことは十分に認識し得たというべきであり、それを前提とすれば,被告は,本件仲介契約において,原告に対し,本件承諾を得られたか否かに関し,正確かつ適切な情報提供をする義務を負っていたと認めるのが相当であるとした上で、次のような事情を指摘して重過失ありとしています。
・被告は,買収対象会社代表者に対し,本件株式譲渡契約締結前に,本件 販売店基本契約 8 条 2 号に基づくも代表者等の異動に関する 自動車メーカー側への事前通知をするように指示をした。その際,被告は,「役員等の変更のご案内」と題する書面を準備して,同書面を 自動車メーカー側に交付するよう指示をした。他方で,被告は,本件承諾に関し,自動車メーカー側に対する説明に使用できる書面を準備することはなかった。
・買収対象会社代表者は,被告の指示を受けて,訪問して自動車メーカー側に対して本件案内書を交付した。
・被告の担当者は,本件訪問後の買収対象会社代表者からの報告を受け,承諾を得たものと理解し,原告の担当者に対し,自動車メーカー側から本件承諾が得られた旨伝えた。
・は被告担当者は,本件訪問に当たって,買収対象会社代表者に対し,本件承諾を得てくるよう伝える趣旨で「M & A のことも含めて全部話してください。」と伝えたと供述するものの,本件株式の譲渡について 自動車メーカー側から承諾を得てくるように明確に伝えたとまでは供述していない。被告担当者の供述以外の証拠に照らしても,両名が,買収対象会社代表者に対し,本件承諾を得てくるよう明確に伝えたことを裏付ける証拠まではない。これを前提とすると,被告担当者は,買収対象会社代表者が本件株式譲渡契約締結以前には M & A の経験がないことを認識し,買収対象会社代表者に対し,本件株式の譲渡のことをむやみに第三者に伝達しないようにアドバイスをしたことがあるにもかかわらず,本件訪問の際,買収対象会社代表者の役員等の変更に関する記載のある本件案内書を渡して,これを 自動車メーカー側に交付するよう指示する一方,本件承諾に関する書面を準備して渡すことはしていない。これらの事実からすると,被告担当者は,M & A の経験に乏しい買収対象会社代表者に対し,「M & A のことも含めて全部話してきてください。」と伝えただけでは,同人は,本件訪問の際に本件承諾を得てくる必要があることまでは十分に理解することができず,むしろ,本件株式の譲渡のことをむやみに第三者に伝達しない方がよいと考えて,自動車メーカー側に対し,本件案内書に記載された 買収対象会社の役員等の変更のことしか話をしてこない可能性は容易に予見できたというべきである。
・そして,被告担当者は,買収対象会社代表者に対し,本件訪問の前に,本件承諾を得るよう明確に伝えたり,本件承諾に関する書面を準備して渡したりすることにより,同人が本件訪問の際に自動車メーカー側から本件承諾を得てこないという結果を容易に回避することができたといえる。
・また,被告担当者は,本件訪問後に,買収対象会社代表者から,「社長に会ってきたよと。そういう時代だからなっていうことで,了解を得たというような話を聞きました。」,「改めて M & A のことも全部含めて言いましたかっていうことと,通知文について渡しましたかっていうふうに確認したところ,それを渡しながら話をしたというふうに回答を頂きました。」などと報告を受けた、「M & A のことも含めて全部話をしたということを言ってたと思います。」と供述する。このように,被告担当者は,いずれも買収対象会社代表者から本件訪問の際に 自動車車メーカー側から本件承諾を得たという報告を受けたとは明確には供述していない。
・これを前提とすると,被告担当者は,買収対象会社代表者が M & A の経験に乏しいことを認識し,同人に対して本件株式の譲渡のことをむやみに第三者に伝達しないようアドバイスをしていたことからすれば,同人が「M & Aのことを含めて全部話した」という程度の報告しかしてこないのは,同人が 自動車メーカー側から本件承諾を得てきていないからであるという可能性を容易に予見できたというべきである。
・そして,被告担当者は,本件訪問後に,買収対象会社代表者に対し,本件承諾を得てきたかを明確に確認したり,自動車メーカー側に対し,本件承諾をしたことを確認したりすれば,原告に対し,本件承諾を得られた旨の誤情報を伝えるという結果を容易に回避することができたといえる。
あえて分かりやすく言えば、仲介手数料欲しさに、肝心の肝の部分の確認について経験のない買収対象会社の代表者にふわっと任せて、「承諾があったことにした」「そう伝えられたことにしよう」として進めたということがいえそうです。
本件ではMA仲介会社の責任を認めて賠償を命じていますが、その範囲は、責任限定契約に従い、仲介手数料(1100万円)の範囲にとどめています。
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