判例タイムズ1527号で紹介された裁判例です(東京地裁令和4年11月16日判決)。

 

 

本件は、ITソフト開発やSESなどの事業を行っている会社(被告)の社員であった原告が、未払い賃金を請求するなどした事案です。

リモートワークで業務をしていた原告に対して被告が出社を命じたが、原告がこれに従わなかったして、被告が欠勤扱いとしたことの妥当性が争点の一つです。

 

 

原告と被告は、令和2年5月、労働契約を締結し、契約書には、就業場所について「本社事務所」と記載がされていました。

しかし、当時はコロナ禍の時節であり、労働契約を締結した後は、原告は令和3年3月まで自宅(埼玉県)で業務を行い、初日のほかは、被告の事務所(東京都台東区)に出社したのは一度だけという状況でした。

 

 

原告が、Slackのダイレクトメッセージ機能を使って他の従業員との間でやりとりをしていた際に、被告代表者について批判するようなやりとりがあり、このことが判明してしまったため、被告代表者は、令和3年3月、原告に対し、原告を同月4日から出勤停止1か月等とする懲戒処分を決定し、原告に通知しするとともに、「出勤停止後は管理監督の観点から、社内SNSの利用とリモートワークを禁止とし通常出勤とする」旨も併せて通知されました。
 

 

原告は、本件懲戒処分は不当に重すぎる等と記載したメールを送ったところ、被告代表者は、「出勤停止は置いといて。最終的な決定がでるまでは、勤務中にしていたこともあり、管理監督の観点からリモートワーク禁止とし、明後日から会社への通常出勤をお願いいたします。出勤が無い場合はもちろん欠勤扱いとさせて頂きます。」とのメールを送り、被告の事務所への出勤を求めたという経緯です。

 

 

判決は、本件労働契約に係る契約書には、その就業場所は「本社事務所」とされているものの、被告代表者自身が、①デザイナーは自宅で勤務をしても問題ない、②リモートワークが基本であるが、何かあったときには出社できることが条件である旨供述していること、③現に、原告は、令和3年3月3日まで自宅で業務を行い、初日のほかに、被告の事務所に出社したのは一度だけであり、被告もそれに異論を述べてこなかったことからすると、本件労働契約においては、本件契約書の記載にかかわらず、就業場所は原則として原告の自宅とし、被告は、業務上の必要がある場合に限って、本社事務所への出勤を求めることができると解するのが相当であると認定しました。
 被告は、原告が本件やり取りを含めて長時間(99時間50分)にわたって業務に関係ないやり取りをしていたことを踏まえて、管理監督上の観点から、出社を求めたものであって、業務上の必要があった旨主張しました。
 この点につき、判決は、たしかに、原告は他の従業員との間で、本件やり取りも含め、必ずしも業務に必要不可欠な会話をしていたわけではないことは認められるものの、その時間が、被告が主張するような長時間であるとは認められず、これにより業務に支障が生じたとも認められないこと、また、一般にオンライン上に限らず、従業員同士の私的な会話が行われることもあり、本件やり取りの内容は、被告代表者を揶揄する内容が含まれる点で被告代表者が不快に感じた点は理解できるものの、そのことを理由に、事務所への出社を命じる業務上の必要性が生じたともいえないと指摘しています。
 また、被告代表者は、これに加えて、本件ツールによりパソコンで操作をしていたログがなく、労働者が申告する時間と実労働時間に差異があった場合には、本人に確認する必要があったとも供述しましたが、原告は、デザイン業務を行う上ではパソコンで作業しない時間もある旨供述し、現に手書きで作業を行っていたこともあることからすると、本件ツールのログによっても、労働者が申告する時間と実労働時間に差異があったとまでは認められず、この点からも出社を命じる業務上の必要性が生じたとはいえないとしています。
 これに加えて、被告代表者は、令和3年3月2日午後3時24分に原告に対し、メールを送った後、原告との間で、メール上で、本件やり取りの当否をめぐってお互いを非難しあう中で、原告の反省がないことを理由にその5時間後に本件懲戒処分とともに、本件出社命令を発したものであり、そのような経緯も踏まえると、本件の事情の下においては、本社事務所への出勤を求める業務上の必要があったとは認められない。そうすると、被告は、本件労働契約に基づき事務所への出社を命じることができなかったというべきであって、本件出社命令は無効であると判断しました。
 そして、原告が令和3年3月4日以降、労務の提供をしていないことは、被告が事務所に出社を命じることができないにもかかわらず、これを命じたためであり、被告の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものであること、さらに、同月19日以降については、原告が被告の責めに帰すべき事由により労務を提供していないにもかかわらず、被告はこれを欠勤と扱って本件退職扱いをしたことも原因といえるから、いずれにせよ被告の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものというべきであるとしています。

 

 

 その上で、被告の責めに帰すべき事由による履行不能であるとして、その期間中の未払いとされた分にの賃金についての支払いを命じています。