判例タイムズ1527号で紹介された事案です(大阪地裁令和5年12月8日判決)。
本件は,高齢者が,訪問看護ステーションを運営する被告との間で訪問看護サービス契約を締結して、自宅で訪問看護を受
自宅で泡を吹いて倒れたが、その際、救急車が呼ばれ,心肺蘇生術が施されたが,病院で死亡したところ,相続人である原告が、本件契約が締結された際、本人、主治医及び被告との間で、本人の終末期の最終段階における医療・ケアは、在宅での看取りによるとの合意があり、被告の看護師には、救急活動を要請するかの判断を仰ぐため、本人の主治医に連絡する義務があったのに、これに反して救急車を呼ぶよう指示し、本人は在宅での看取りを受けられず死亡したなどと主張して、被告に対して慰謝料が請求されたという事案です。
本件で問題となっている概念として,DNARというものがあり,これは医師が患者の心停止時に、心肺蘇生を実施しないことをいい,医師の指示によってなされるとされています。
判決で認定されているDNARについての概要は次のとおりです。
・DNARは、心停止時に心肺蘇生を実施しないことを意味し、医師の指示によってなされる。もっとも、一般社団法人日本集中治療医学会倫理委員会は、事前指示という観点から、事前指示及び終末期医療の教育を受けていない医療従事者が患者の事前意思を十分に汲み取れずに、事前指示の画一的運用を行う可能性があるとの懸念から、日本における現状を考慮すると、DNARは患者及び家族と医師をはじめとする医療従事者(医療・ケアチーム)が最善の医療とケアを作り上げるプロセスを通じて合意形成に至ることが望ましく、医師の指示ではなく合意形成結果を関連する全ての人々が共有するものと捉えるべきであるとしている。
・一般社団法人日本集中治療医学会は、平成29年1月に採択した、DNAR指示のあり方についての勧告において、①DNAR指示は心停止時のみに有効である、②DNAR指示と終末期医療は同義ではなく、DNAR指示にかかわる合意形成と終末期医療実践の合意形成はそれぞれ別個に行うべきである、③DNAR指示にかかる合意形成は終末期医療ガイドラインに準じて行うべきである、④DNAR指示の妥当性を患者と医療・ケアチームが繰り返して話し合い評価すべきである、⑤Partial DNAR指示(心肺蘇生の一部のみを実施する指示)は行うべきではない、⑥DNAR指示は、日本版POLSTの「生命を脅かす疾患に直面している患者の医療処置(蘇生処置を含む)に関する医師による指示書」に準拠して行うべきではない、⑦DNAR指示の実践を行う施設は、臨床倫理を扱う独立した病院倫理委員会を設置するよう推奨する、としている。
・厚生労働省作成(平成30年3月改訂)の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(終末期ガイドライン)は、人生の最終段階における医療・ケアの方針の決定について、患者本人の意思が確認できない場合には、①家族等が本人の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重し、本人にとっての最善の方針をとることを基本とする、②家族等が本人の意思を推定できない場合には、本人にとって何が最善であるかについて、本人に代わる者として家族等と十分に話し合い、本人にとっての最善の方針をとることを基本とし、時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて、このプロセスを繰り返し行う、③家族等がいない場合及び家族等が判断を医療・ケアチームに委ねる場合には、本人にとっての最善の方針をとることを基本とする、④このプロセスにおいて話し合った内容は、その都度、文書にまとめておくものとする、という手順により、医療・ケアチームの中で慎重な判断を行う必要がある、としている。
【厚生労働省】
「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」の改訂について |報道発表資料|厚生労働省
原告は,DNAR合意に基づき,本人の急変時に,被告(訪問看護ステーション)の看護師には,まず医師に連絡する注意義務があったと主張しました。
判決は,本件契約締結の際、原告は、被告に対し、本人について「在宅での看取り」を希望する旨を述べ、被告はこれを了承したことが認められるが、「在宅での看取り」が当然にDNARと同義あるいはDNARを含むものとはいえないと指摘しています。
また,かえって、本件契約締結の際、原告は、被告に対し、本人について、いかなる場合であっても心肺蘇生処置を拒否することや、いかなる場合であっても救急要請をせず、必ず主治医である医師に先に連絡することなど、DNARやこれに関する具体的な希望までは伝えていなかったことが認められ,本件契約締結時に、主治医である医師から被告に対してDNARに関する指示はなく、DNAR指示に関する書面も作成されていないことなどから,本件契約締結の際に、原告、主治医及び被告の三者間で、DNAR指示を含む合意がされ、これが本件契約の内容となっているとは認め難いとし,そもそも,医師が患者の心停止時に、心肺蘇生を実施しないというDNARの合意自体が認められないと判断し,原告の請求主張を退けています。
終末期の患者の延命措置を拒否した家族及び延命措置を実施しなかった病院の損害賠償責任 | 弁護士江木大輔のブログ