新年度予算案をめぐり、自民・公明両党の幹事長らが会談し、年度内成立に向けて、立憲民主党など野党3党とそれぞれ協議し、必要があれば修正を含めて誠実に対応していく方針を確認しました。

(2月4日NHKニュースウェブから一部引用)

 

衆院で与党が過半数を維持し続けていたこれまでの国会では、いくつかの見せ場をこなしながらも予算はつつがなく年次内に成立するということが長らく続いてきたわけですが、過半数割れを起こしている現在の国会ではそうはゆかなくなっています。

 

 

予算は内閣が作成して国会に提出することとされています(憲法73条5号)。

 

 

憲法

第73条 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
 予算を作成して国会に提出すること。

 

 

提出された予算に対して、国会は審議の上否決することもできます。

このことから、予算の減額修正については制約がないというのが通説の立場です。なお、明治憲法下においては、一定の予算項目については政府の同意なしに減額修正もできないと定められていました。

 

 

争いがあるのが増額修正で、現在の議論の中でいえば、高校無償化の予算を新たに付けたりするなどの修正した予算を議決することができるのかということが問題となります。

減額ができるのだから増額も自由にできるのではという気もしますが、通説的な見解では、無制限にこれを認めることは、憲法73条5号で規定された内閣の予算作成・提案権を侵害する、そうした提案をするのは予算を作成・提案する内閣の権限であることを根拠として、一定の制約、予算の同一権を損なうほどの大きな修正は認められないと解しており、政府見解もこれに従っています。なお、明治憲法では予算の増額修正は一切認められていませんでした。

 

 

分かりやすく言えば、国会は来た球を打つか打たないかは決められるが、自分で球を投げることはできないという感じでしょうか。

 

 

とはいえ、通説も政府見解も、国会が一定の増額修正をすることは認めており、問題はその限界がどこにあるかということですが、結局、その判断は、予算を執行する内閣の判断に委ねられることになり、仮に意に沿わない増額修正がされた場合、内閣としては、有効な増額修正ではないとして執行を行わず、その妥当性については、内閣不信任による法的責任を問われ、増額修正の議決を行った過半数を有する国会において、通常であれば不信任の議決がなされることで最終的には国民が決めるということになります。

 

 

現在の国会の状況を嘆く向きもありますが、淡々と予算が通過していたこれまでがおかしかったのであって、多様な意見の元に緊張感をもって予算が議論される現在の状況の方が望ましいのではないかと思っています。