判例タイムズ1526号で紹介された事例です(東京地裁令和5年5月29日判決)。
今となってはずいぶん昔のことのように感じますが、新型コロナが感染の拡大を見せ始めた初めの頃、クルーズ船が横浜沖に停泊し連日報じられたことがありました。
本件はそのクルーズ船旅行を日本国内で販売していた旅行会社(被告)が行なった整理解雇(令和2年7月)の有効性が争われたという事案です。
判決によると、被告の旅行会社では、運行停止により、クルーズ旅行商品を販売することができないため、令和2年3月以降、売上げが完全に途絶えて0円となり、この状態は少なくとも、令和4年7月頃まで続いたとのことです。
使用者側の経営上の都合による解雇である整理解雇の有効性については、いわゆる整理解雇の4要件と呼ばれる要件(①人員削減の必要性,②解雇回避努力,③被解雇者選定の合理性,④手続の相当性)を満たすことにより可能とされています(東京高裁昭和54年10月29日判決)。
しかし、一般的には、整理解雇が有効であると判断されることは少ないところ、本件においては、新型コロナの感染拡大という特殊な状況の発生、また、我が国においては雇用調整助成金制度の要件緩和などによりできる限り雇用の維持が図れるような施策が取られていたことなどをどのように評価すべきかが問われました。
本判決は、整理解雇の4要件につき検討し、本件整理解雇を有効であると結論付けています。
そのうち、雇用調整助成金制度の活用により整理解雇の回避ができなかったのか(解雇回避努力)という要件に関して、つぎのとおり述べています。
・雇用調整助成金の受給による解雇回避策について検討するに、被告会社は、新型コロナウイルス感染症に伴う経済上の理由により急激に事業活動の縮小を余儀なくされた関係事業主に該当し、また、資本金、業種及び従業員数から、規則102条の3第1項2号イ(5)の中小企業事業主にも該当し、かつ、従業員23名に退職勧奨を行った令和2年6月4日の時点においては、雇用維持要件も充足していたため、正社員67名を退職させずに雇用を維持して休業を命じた場合、雇用調整助成金として、令和2年6月30日までは休業手当又は賃金の10分の9(ただし、日額は8330円まで)、同年7月1日から最大100日分までは休業手当又は賃金の3分の2(ただし、日額は8330円まで)の支給を受けることができる状況であった。
・しかし、上記内容の雇用調整助成金では、一日当たり8330円までしか支給されないことから、賃金の全額を支払った場合には、人件費を50%削減したこととならないし、賃金を減じた場合には、休業を命じているといっても、賃金を減じられたことに不満を感じる従業員が被告会社を退職することは予想されるから、被告会社の組織の存続が困難となる。また、受給期間が令和2年7月1日から100日分に限られており、最も楽観的な運航再開見込み時期であった令和3年4月までであっても、雇用を維持することはできない見通しであった。
・したがって、令和2年6月4日の時点において、被告会社が雇用調整助成金を受給することによって、人件費を50%削減しつつ事業再開時に通常営業ができるような組織を維持することは困難であり、被告会社が、同日の時点で、雇用調整助成金を受給することなく、従業員23名に対し退職勧奨をしたことはやむを得ないというべきである。
・次に、6月12日改正後の雇用調整助成金受給による解雇回避策について検討する。6月12日改正後、被告会社が、従業員を休業させた場合、同年9月30日までは、休業手当又は賃金の5分の4(ただし、日額は1万5000円まで)、同年10月1日から100日分の休業手当又は賃金の3分の2(ただし、日額は8330円まで)の支給を受けることができる状況となっていた。なお、被告会社は、同年6月12日の時点において、既に退職勧奨を行い17名がこれに応じて退職合意書を作成していたことから、雇用維持要件のうち要件aを充足しておらず(なお、要件bも充足していないと認定される可能性が高かった。)、助成率10分の10の受給はできなかったと考えられる。
・そうすると、被告会社は、本件解雇をした令和2年6月30日時点において、退職合意書に同意しなかった7名の従業員に対し、雇用を維持したまま休業を命じ、雇用調整助成金の受給を受けることにより、社会保険料のほか、令和2年9月30日までは休業手当の5分の1、同年10月1日から令和3年1月頃までは休業手当の3分の1の金額を負担することで、令和3年1月頃までは雇用を維持することが可能であったと認められる。上記7名は、もともと人員削減もやむなしと判断した7名であったから、この7名が休業に嫌気がさして退職しても業務に著しい支障はなく、被告会社の組織の維持の面では問題がないといえる。
・しかし、本件解雇の時点において、新型コロナウイルス感染症の影響により、クルーズ船の運航再開の見通しは全く立っておらず、特に、被告会社においては、本件クルーズ船が我が国における新型コロナウイルス感染症の集団感染の端緒となっていて、信頼回復には時間を要することが見込まれたことから、運航再開時期についての合理的な予測は、楽観的に考えても令和3年4月以降であり、現実的には令和3年以内は難しく令和4年以降と予測されていた。そのため、被告会社は、令和2年6月末の時点において、将来にわたり少なくとも1年程度(令和3年6月末頃まで)は、売上げを得られない蓋然性が高い状況にあった。
・そのような状況下において、令和3年1月頃まで雇用調整助成金を受給できるからといって、7名に対する解雇を回避し続けることができるという見通しを持つことは困難であると認められる。また、7名の雇用を維持すべく雇用調整助成金を受給した場合、被告会社には、最低でも、社会保険料のほか、令和2年9月30日までは休業手当の5分の1、同年10月1日から令和3年1月頃までは休業手当の3分の1の各負担が発生するが、これら雇用調整助成金で賄えない経済的負担については、被告会社はカーニバル社からの借入金に頼らざるを得ない状況であった。そして、被告会社が、雇用調整助成金で賄えない経済的負担についてカーニバル社から借入れを受けるとしても、いつまで幾ら借入れを受ければ解雇回避ができるのか不明確な状況であった。
・したがって、被告会社において、本件解雇の時点において、雇用調整助成金を受給することにより解雇を回避しつつ人件費50%削減を達成できるといえる状況であったとは認められないから、上記事情の下で、被告会社において雇用調整助成金を受給せずに直ちに解雇をしたからといって、解雇回避努力が不十分であったということはできない。
・以上から、被告会社としては、本件解雇の時点で、事業組織の存続という目標が達成できる範囲で、できる限りの解雇回避努力を行ったと評価することができる。