判例時報2609号で紹介された裁判例です(東京地裁令和5年12月13日)。
本件は,従業員に関連会社での研修プログラムを受講させてその費用を関連開始屋に対し従業員に代わって支払うという取り扱いをしていた会社(本件原告)に対する元従業員からの別件訴訟を受任していた弁護士(本件被告)が,サイト上に,「労働者を搾取している」「戦前の女郎部屋を彷彿とさせる手口である」「違法な囲い込み」「戦前にはタコ部屋労働で濫用されていた」「関連会社が外部向けに提供している研修の3倍もの金額を請求している」などの記載をしたことから,原告が被告に対して記事の削除請求や損害賠償請求をしたという事案です。
判決は,「労働者を搾取している」「戦前の女郎部屋を彷彿とさせる手口である」「違法な囲い込み」「戦前にはタコ部屋労働で濫用されていた」などの記載については,意見,論評であるとして,「特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損について、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあって、表明に係る内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない場合に、行為者において右意見等の前提としている事実の重要な部分を真実と信ずるにつき相当の理由があるときは、その故意又は過失は否定される。」とする判例(最高裁平成9年9月9日夕刊フジ事件)に則り,原告が3年以内に退職した者に対して研修費用の返還を求めていたことは事実であり。かかる事実を前提として行った意見・論評であり,企業が従業員との間で法令違反の契約を締結し,その履行を求めているということは公共の利害に関する事実であり,また,被告は原告が多数の労働者に対して繰り返し同様の請求を行っているという現状に鑑みて,個別事件して扱うのではなく社会問題として扱った上で違法状態の税是正・解消を求めて記事を掲載したものであるから公益目的も認められるとしました。
そして,その表現内容も,意見・論評としての息を逸脱しているものとはいえないとして,そもそもこれらの記事は違法ではないとして,損害賠償請求,記事の削除請求のいずれも認められないとしました。
ただ,「関連会社が外部向けに提供している研修の3倍もの金額を請求している」という表現については,意見・論評ではなく事実の摘示であり,これは原告が研修目的で不当な費用請求をしているという印象を与えるものであってその社会的評価を低下させるものであって,名誉棄損にあたり違法であるとしたうえで,原告がこれを真実であると信じたことについて相当な理由があるとして不法行為責任は負わないため,損害賠償請求は認められないとしました。
しかし,そのことは,真実であると真実ことにつき相当な理由があり,過失がないため,不法行為責任を負わないというにすぎず,その掲載行為が違法であるということ自体は変わらないとし,名誉権に基づく記事の削除自体は認められるとしました。
名誉毀損については,意見論評と事実の摘示それぞれに基準や効果が微妙に異なりますが,頭の整理としてよい事案であると思いました。