判例時報1526号で紹介された事例です(東京高裁令和4年10月26日判決)。

 

 

本件は,シンガーソングライターAが覚せい剤取締法違反の被疑事実により逮捕されるとの報道がされ、その自宅周辺には、スポーツ新聞の記者やカメラマンを含む多数の者がいたという中で,Aの子(控訴人X1)が本件当日、Aの配偶者を代表者とする会社(控訴人会社)が所有する乗用車(本件車両)にAを乗せ、自宅のガレージ内から本件車両を発進させようとしたが、自宅周辺に多数の者がおり、本件車両を進行させることができなかったため、ガレージに戻り、本件車両から降りて自宅に戻ったところ,記者やカメラマンを含む多数の者が本件車両の周りに殺到したことにより、本件車両が損傷し、また、本件車両から降りた控訴人X2が負傷したと主張して、当該記者らの使用者であるスポーツ新聞社数社に対して,共同不法行為に基づき損害賠償請求したという事案です。

 

 

本件の成否は,現場にいた岸良やカメラマンら同士が相互に意思を連絡し、又は歩調を合わせて行ったものとはいい難いという状況において,民法719条1項に基づく共同不法行為責任(協議の共同不法行為)が認められるかという点でした。

 

民法

(共同不法行為者の責任)
第719条1項 
数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。

 

第一審判決は責任を否定しましたが,控訴審判決は,各記者らの行為について認定した上で,次の通り述べて共同不法行為責任を肯定しています。

・本件集団を構成する報道陣等(その人数は優に100人を超えていた。)は、本件シャッターが開き始めるや、Aやその家族等の了解を得ることもなく、本件ガレージ前敷地という他人所有の個人住宅の敷地及びガレージ内等にほぼ同時に立ち入った上、あたかも押しくらまんじゅうでもするかのような状態で本件車両に向かって殺到し、その周りを取り囲み、本件車両を前方に進めない状態にした。本件集団のうち被控訴人らの記者5名を含む報道陣は、自らの職務として、カメラ等の撮影機材を持ち、これを本件車両に向け、殺到する報道陣等の中を前進、移動しながら、乗車中のGを撮影したものであり、野次馬等も、自らの好奇心等から、殺到する報道陣等の中を前進、移動していたと考えられる。このようにして本件車両を取り囲んでいた報道陣等の多くは、警察官が大声で下がるよう警告しているにもかかわらず、本件ガレージ前敷地や本件ガレージ内から退去しようとしなかったばかりか、本件シャッターが途中まで下りた後も、本件シャッターをくぐり抜けて新たに本件ガレージ内に立ち入る者もいた。そして、これら報道陣等の挙動により、本件ガレージ前敷地や本件ガレージ内は混乱し、異様な状態になった。以上の事実が認められる。
 これらの事実によれば、本件集団的行動は、本件集団がひとかたまりの集団と化して、無断で個人住宅であるA自宅の敷地及びそのガレージ内に立ち入り、本件車両に向かって殺到し、その周囲を取り囲んで動けなくし、一部の者がその車体に接触して、意図したことではなかったにせよ、本件物損という結果を発生させたものであり、そのような結果を発生させる高度の危険性を有するものであったというべきである。そうすると、本件集団を構成する個々の報道陣等の行為は、相互に意思を連絡し、又は歩調を合わせて行ったものとはいえないとしても、客観的に関連し共同するものであったというべきであるから、本件集団的行動は、これらの者の共同の行為であったと認められる。

・被控訴人らの記者等5名は、いずれも、その程度や態様に差異はあるものの、本件ガレージ前敷地等において、本件集団から離脱することができたにもかかわらず、殺到する報道陣等の中を、カメラ等の撮影機材を持ちながら、前方の本件車両に向かって移動していたのであるから、その行為は、少なくとも客観的には、前記共同の行為を介して本件物損の発生の一因となっていたということができる。
 したがって、被控訴人らの記者等5名の行為と本件物損との間には因果関係が認められる。
・被控訴人らの記者等5名は、本件ガレージ前敷地の周辺に、優に100人を超える報道陣等が、逮捕直前のAの様子を取材し、又は見るために集まり、待機していることだけでなく、本件シャッターが開けられると、カメラ等の撮影機材等を持った大勢の報道陣等が本件車両に向かって殺到していることを認識したはずであるから、これによって本件車両に損傷が生じるおそれがあることを予見することができ、かつ、本件集団から離脱するなどして本件物損の発生の一因となることを回避することができたにもかかわらず、そのような措置をとることなく、自らの意思で前記共同の行為にその一員として加わったというべきである。そうすると、被控訴人らの記者等5名には、本件物損の発生につき、過失があり、その行為は不法行為の要件を満たすものであったと認められる。