判例時報2606号で紹介された裁判例です(大阪高裁令和5年1月26日判決)。
本件は大学と有期雇用により勤めていた専任講師(原告・控訴人)との間の労働紛争の一環です。
当該専任講師は、大学から研究室を与えられそこに荷物(段ボール箱40箱以上)を置き業務をしていました。
大学から雇止めを通告されたもののその効力を争い、地位確認をなどを求めて係争していたところ、大学から研究室の明け渡しと室内の荷物の引き取りを求められたものの拒否しました。
そのため、大学は、弁護士に相談の上、室内の荷物を運び出して鍵を取り替えました。
専任講師は、このような大学の行為は違法な自力執行であり、また違法な助言をした弁護士も責任を負うとして、大学に対して研究室の明渡や撤去した荷物の引渡しを求めるとともに弁護士も含めて慰謝料の請求をしたいうのが本件です。
そもそも、専任講師は大学の被用者であり、このような被用者については独立して保護されるべき占有は認めれないのか原則です。
(判決要旨)「控訴人は、被控訴人法人との本件労働契約に基づき、被控訴人法人の運営する被控訴人大学内の本件研究室において講師としての上記業務を行っていた者であるから、本件研究室を客観的に支配していた事実があったとしても、原則として、被控訴人法人のために占有補助者として本件研究室を所持しているものであって自己のためにする占有意思がある(民法180条)とは認められず、これによる占有者は被控訴人法人とみるべきである」
しかし、特別の事情がある場合には例外的に独立した占有を肯定するとの判例の立場を引用した上で、本件について次のような事情を指摘して専任講師には特別の事情があり独立した占有が肯定されるとしました。
・控訴人は、当初は被控訴人法人の占有補助者として本件研究室の所持を開始したものといえるが、被控訴人法人から本件雇止め通知をもって本件労働契約が終了するとされた平成31年3月31日の後も、本件雇止めの効力を争い、被控訴人法人を相手方として労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて別件訴訟を提起し、本件研究室の鍵を引き続き管理して単独で本件研究室を事実支配していた。
・令和3年3月20日付け通知文により被控訴人法人から本件研究室の鍵の返却及び室内の物品撤去を求められたことに対しても、同月25日、控訴人が加入する本件組合を通じて、被控訴人法人に対し、控訴人は地位保全を係争中で本件研究室の退去は拒否している旨伝え、強制退去は自力救済という不法行為であり、本件研究室の鍵の取替えや室内の物品撤去を無断で行えば、場合によっては窃盗罪になり得る旨警告し、別件訴訟における控訴人代理人弁護士らを通じても被控訴人法人の代理人弁護士らに対して同様の通知をしたのであるから、これらによれば、控訴人は、本件動産の撤去等がされた同月29日当時、控訴人自身のためにも本件研究室を所持する意思を有し、現にこれを所持していたということができるのであって、前記特別の事情がある場合に当たると解するのが相当である。
そうすると、大学が行った荷物の撤去、研究室の鍵の付け替えというのは、巷間よくある賃料滞納者に対する家屋の違法な自力執行と同じということになり、裁判所は大学が行った行為は違法なものであったとしました(研究室の空けた和紙までは認めなかった第一審判決と異なり、控訴審ではこの点についても肯定しています。)。
賃料保証会社による物件への補助錠設置,家財撤去が不法行為に当たるとされた事例 | 弁護士江木大輔のブログ
また、大学にそのような助言を与えた弁護士についても、荷物の撤去行為等が適法である旨の見解を採ることに根拠付けを与え、さらに自らも大学の代理人として自力救済の実行を予告する回答書を専任講師の代理人弁護士らに送信するなどして、自力救済である本件動産の撤去行為等の実行を容易にして幇助したと認められるとし、法律専門家である弁護士として被控訴人法人による違法な自力救済の実行を容易にした点につき過失があったとして責任が肯定されています(第一審が認めた慰謝料を増額して20万円を認容)。
自力執行に対して弁護士が助言を与えたととして懲戒請求されたり、慰謝料請求されたりということは割とよくある類型のため居をつけなければならないところです。