判例タイムズ1524号で紹介された裁判例です(福岡地裁令和6年4月26日判決)。
本件は,保育園において,2か月の間に,同じ園児に提供された鶏卵を含むプリンの摂食によりアレルギー反応を発症した事故(1回目の事故),小麦を含むパスタの摂食によりアナフィラキシー症状を発症した事故(2回目の事故)を立て続けに起こしたとして,保育園に対し損害賠償請求がされた事案です。
各事故の責任については,1回目の事故が食材の誤発注という本件保育園の調理師の基本的かつ容易な注意義務の懈怠に起因するものであったこと,園長が1回目の事故後、両親に謝罪の上,園側のミスを認め再発防止策を講じたにもかかわらず、そのわずか16日後に2回目の事故を発生させたことから,責任がいずれの事故についても保育園の責任が肯定されています。
本件の争点の一つは慰謝料の額でしたが,1回目の事故は入院1日,2回目の事故は入院2日でした。
裁判所はそれぞれの事故につき,交通事故において利用されるいわゆる「赤い本」を参考としたうえで,3万円と20万円を慰謝料として認めましたが,園児側は,食物アレルギーを有する園児への対応が可能であることを信頼して本件保育園に原告を入園させた両親が、その期待を裏切られ、最愛の原告に重篤なアレルギー反応(アナフィラキシー)を生じさせられた上に本件保育園の事故後の対応が誠実性を欠いたことにより被った精神的苦痛を、原告の慰謝料額算定に当たり考慮すべきであって,本件各事故により原告が受けた身体的、精神的な負担が形式的な入院日数に比して相当大きかったことから、本件各事故の慰謝料の算定において「赤い本」における傷害慰謝料の算定表を用いることは相当ではない旨主張しました。
判決は,次の通り説示して,園児側の主張を退けています。
・交通事故により受傷した被害者の傷害の内容、程度を兆表する入通院の期間を基礎として定められた上記算定表は、相応の合理性及び客観性を備えていると評価されており、交通事故訴訟以外の訴訟等の損害の算定においても裁判実務上広く用いられているものであることに照らすと、事故により被害者が被った精神的苦痛は事案により様々であることを踏まえても、上記算定表を本件各事故のような保育園で生じた事故による園児の慰謝料を算定するに当たり参考とすることは許容されるというべきである(なお、前記⑴、⑵における慰謝料の算定において、当裁判所は上記算定表を形式的に当てはめず、同表における1日通院及び2日入院の基準額よりも高額な慰謝料を認めている。)。
・そもそも両親の精神的苦痛の多寡により親とは別人格である原告の損害額が直ちに左右されるものではない(民法711条参照)ことに加え、本件保育園が本件各事故の発生後に謝罪や相応の金銭的補償を行っており、事故後の対応が全く誠実性を欠いているとまではいえないことに照らすと、原告の両親が本件各事故後に強いられた不安は著しいものであったことは想像に難くなく、両名が食物アレルギーがあることを説明した上で原告を預けた本件保育園に信頼を裏切られたという強い怒りの心情を有するに至った理由も十分理解し得ることを踏まえても、原告の上記主張を採用することはできない。