判例時報2600号で紹介された裁判例です(東京地裁令和4年11月22日判決)。

 

 

本件は、婚姻前に被告が疾患があることを告知しなかったことが告知義務違反にあたることを争点の一つとしてとして損害賠償請求がされたという事案です。

 

 

問題とされた疾患は当時難病指定されていたIgA腎症という病気で、慢性糸球体腎炎と呼ばれる疾患の一種であるとのことです。現時点で根本的な治療法が得られておらず、厚生労働省作成の資料においては、①成人発症の場合には10年間で人工透析や移植が必要な末期腎不全に至る確率は15から20%、20年間で約40%弱である旨、②降圧薬や副腎皮質ステロイド薬の積極的な使用により、平成8年以降は予後が改善しているとの報告もある旨、③小児では成人よりも腎予後は良好である旨などが指摘されている。また、平成26年作成の診療ガイドラインにおいては、組織学的重症度と臨床的重症度を加味すると低リスク群、中等リスク群、高リスク群及び超高リスク群の4群に層別化することができ、高リスク群では49例中12例(24.5%)が生検後2.8から19.6(平均8.9)年で人工透析に移行した旨などが指摘されているとのことです。

 

 

被告は、就職する際には、履歴書にIgA腎症との疾患名を記載していましたが、原告の両親との顔合わせにおいて、健康状態について質問を受けた際は、過去に手術を行い、同時点では特に腎臓に異常があるわけではなく、経過観察して薬を飲んでいる旨を回答しましたが、その際、IgA腎症との疾患名を述べることはなく、また将来的な人工透析の可能性についても述べることはなかったとのことです。
 

 

令和元年夏ころ、保険の見直しを検討した際、保険会社の担当者から、持病のない者と同様の保険には加入できない旨の説明を受け、原告は、その際にIgA腎症が指定難病に指定されていたことを知り、翌年の9月に被告と離婚しました。

 

 

判決は、婚姻が当事者間に重大な財産上・身分関係上の権利義務の変動をもたらすことに照らせば、とりわけ重要事項につき故意に虚偽の内容を述べ、その内容を要素として相手方が婚姻の決断に至った場合等、事案によっては不法行為が成立する余地はあるものと解されるとする一方で、このような場合に至らない事案についてまで広く告知義務を課し、これに反した場合の損害賠償責任を認めることは、とりわけ本件のような疾患に関する情報については、婚姻前の時点で全面的にプライバシー情報を開示することを要求する結果や、過失による医学的な説明の誤りについても広く損害賠償責任を求める結果となりかねず、にわかに肯定し難い。よって、上記のような場合に至らない事案については、不法行為の成否につき慎重に検討すべきものと解されると指摘しています。

 

 

そして、婚姻における重要な経過の中での被告の説明内容として、相当の疑問があることは否定できないとして原告に一定の理解示しています。

①IgA腎症に関する医学的知見としては、現時点で根本的な治療法が得られておらず、人工透析や移植が必要な末期腎不全に至る患者も相当の割合に上る旨の指摘がある。

②被告は、被告の自認する範囲によっても、平成27年時点で、IgA腎症については同時点で明確な治療法はない旨や人工透析の可能性がある旨などの説明を受けており

③それにもかかわらず、原告の両親との顔合わせの際には、特に腎臓に異常があるわけではなく、経過観察して薬を飲んでいる旨を述べ、IgA腎症との疾患名や人工透析の可能性につき述べることはなかった。なお、指定難病に指定されていたかどうかの認識については、根本的な治療法がない旨の説明を受けていたと解される以上、認識の有無は重要な相違をもたらすものではないと解される。)。
 

 

しかし他方で、次のような点を指摘して、被告が故意に虚偽の内容を述べたとは認められず、故意に告げるべき内容を告げなかった告知義務違反があるとまでは評価できないと結論付けています。

④IgA腎症については、近年では予後が改善している旨、小児では成人よりも腎予後は良好である旨などの指摘もあり、診療ガイドラインで指摘された人工透析への以降の割合・期間についても、期間は平均10年足らず、最長で20年弱と、婚姻の性質から見て長期に過ぎるとは言えないものの、割合としては高リスク群で約4分の1というものである。

⑤被告は、平成28年3月は定期的に通院して検査を受け、その間、被告の説明によれば特に異常を指摘されたことはなく、投薬治療は継続していた。

⑥原告の説明によっても、被告が原告に対して一定程度の説明をしていた経過もうかがわれる。
 これらの点に照らせば、被告について将来的に人工透析に至る蓋然性をどの程度高いものとし、当面の婚姻生活について重要なものと見るかは、評価の分かれ得るところと解さざるを得ない。また、被告は、原告に対し、少なくとも通院の状況自体を隠していたものではないし、前記の原告の両親に対する回答内容についても、十分な説明と言い難いことは明らかであるものの、故意に虚偽の内容を述べたとまでは断定し難い。