判例時報2600号で紹介された事例です(東京高裁令和5年11月28日判決)。

 

 

本件は脅迫罪の成否が問題とされ一審と控訴審で判断が分かれたという事案です。

 

刑法

(脅迫)
第222条1項
 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。

2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。

 

公訴事実の要旨は、「被告人は被害者(当時49歳)を脅迫しようと考え、令和4年5月21日頃、千葉県内の郵便ポストから神奈川県内の被害者方宛てに、「殺害して天罰下る。自業自得。ご一家お揃いで奈落の底へどうぞ。」などと記載した本件葉書1枚を投函して郵送し、同月24日頃A方に到達させ、その頃被害者に閲読させ、もって被害者及びその親族の生命、身体に危害を加える旨を告知して脅迫した。」というものです。

 

 

第一審判決は、前提の経緯として次とおり認定した上で、本件文言が被害者に対する害悪の告知と評価できるか(脅迫行為該当性の有無)と、被告人にその点の認識があったといえるか(故意すなわち意味の認識の有無)を争点であるとしました。
・被害者はバイオリン講師であるところ、その演奏会に来た被告人と知り合い、被告人から楽譜等を受け取ったことがあった。
・被告人は令和3年7月頃から同年11月12日開催の本件演奏会までの間に、被害者に対し、お金を借用したい、被害者の助けがなければ次の年金時まで生きていることは無理である、一人の生命を救えば愛娘の将来にも良いことがあるであろう、答えは黙殺、(被害者の)娘の将来に関して大事な話がある、などの旨を記載した信書を送付し、本件演奏会を訪れると被害者に対し、大声で「Do you kill me or help me?」などと尋ねた。
・被告人は本件演奏会から本件葉書を送付するまでの間にも、I WILL KILL YOUということですね、もし非業の死に至れば想定できないような災禍と悲劇が襲うであろう、被告人が非業の死を遂げたら、被害者と家族が想定をはるかに超えた災難と悲劇に襲われるとの予言は必ず実現する、指定口座への振込みをお願いする、などの旨を記載した信書を送付した。
 要するに、この経緯から被告人が想定していたのは被告人自身が死ぬということとそうしたら被害者は大変なことになるだろということだったということになります。

そして、被告人の一連の信書や言動と関連付けながら本件文言の意味内容を理解すると、「殺害して天罰下る」の部分は「被害者が被告人を殺害すれば被害者に天罰が下る」との趣旨であり、被告人に、被害者に害悪を加える意図、認識はなかったと認められるとし、仮に被害者の立場に立った一般人であれば、この部分を被害者に対する害悪の告知と解するのが相当と認められるとしても(当該文言の脅迫行為該当性が認められるとしても)、被告人にその認識はないとしました。
「自業自得。ご一家お揃いで奈落の底へどうぞ」の部分も同趣旨であり、天罰が下った場合の被害者やその家族の行く末について述べたものとみるのが合理的である。そうすると、被告人が本件文言に込めた意味は、「被害者が被告人を殺害すれば被害者に天罰が下る。それは自身の悪行に対する報いであり、その場合被害者は家族揃って地獄に行けばよい(又は不幸になればよい)」との意味であり、被告人が被害者に害悪を加える意図、認識をもって本件文言を用いたものとはいえず、被告人に確定的故意は認められない。
また、未必の故意も否定した上で、本件文言の脅迫行為該当性について検討、判断するまでもなく、被告人に故意を認めることはできないとし被告人を無罪としました。
 
 

しかし、控訴審判決は、第一審判決のこのような判断について誤っているとして被告人を有罪としています。
・脅迫の実行行為は、一般人にとって畏怖心を生じさせるに足りる程度の害悪を告知する行為であり、また、その告知内容の認識及び相手方の了知の予見があれば脅迫の故意としては足りるのであって、害悪を発生させる意図、認識は不要と解される。したがって、脅迫罪の成否を判断するに当たっては、まず当該行為が一般人にとって畏怖心を生じさせるに足りる程度の害悪の告知と認められるか否かを具体的事情も考慮して客観的に検討し、それが認められる場合に、行為者にその告知内容の認識があるか否かを検討すべきであり、その際、害悪を発生させる意図、認識の有無を検討する必要はない。
・しかるに原判決は、被告人が本件文言を記載した本件葉書を被害者方に郵送し被害者に閲読させた行為(本件行為)について、前記第2の4のとおり、被害者の立場に立った一般人であれば害悪の告知と解するのが相当と認められる場合に、当該文言の脅迫行為該当性が認められるとの趣旨を説示してはいるものの、結局この観点からの検討をせず、被告人が本件文言に込めた意味、すなわち被告人の認識の検討に終始しているのであり、不合理であることは明らかである。
・改めて本件文言を検討すると、一般人であれば、「殺害」「自業自得」「ご一家お揃いで奈落の底へどうぞ」との文言それ自体により、自身が生じさせた何らかの原因のため、家族ごと殺害されるかもしれないと畏怖するのが自然である。「殺害して天罰下る」との文言は、確かに日本語の文章として分かりにくいものの、一般人がこれを読めば、その厳密な意味内容を吟味しないまま、自身や家族が天罰として殺害される趣旨と理解することも自然というべきである。しかも本件では、被害者はたびたび被告人から信書を送られたり、演奏会の会場に押し掛けられたりして金を無心され、これを無視した末に本件文言を告げられたのであるから、一般人が同様の立場に立てば、こうした自身の態度に腹を立てた被告人から殺害されるかもしれないと畏怖することも自然であり、現に被害者も、原審及び当審公判廷で、被告人にお金を貸さなかったので天罰が下って私たち家族全員が被告人に殺害されると思った旨証言している。そうすると、被告人が本件葉書を郵送するまでの経緯等も考慮し、一般人の立場から客観的にみれば、本件行為は畏怖心を生じさせるに足りる程度の害悪の告知と認められ、脅迫に該当するというべきである。
・改めて被告人の認識について検討すると、前述したように、本件文言の内容は一般人にとって畏怖心を生じさせるに足りる程度の害悪の告知と認められるのであり、これを自ら本件葉書に記載して被害者に郵送した被告人に、その認識を妨げるような事情は見当たらない。この点、被告人は原審公判廷で、自身には被害者やその家族に危害を加える意思はなかった、被害者が自分を殺そうとしているというのが本件文言の意味である、本件文言を読んだ被害者が危害を加えられると思うかどうかは、自分は被害者ではないので分からないなどとしか述べておらず、前記の認識を妨げるような事情があるとはいえない。そうすると、被告人に脅迫の故意があったことは明らかである。