最高裁令和6年5月7日判決(判例タイムズ1523号ほか)。
2期連続で期限までに確定申告をしなかったことから青色申告の承認を取り消され者が、事前に防御の機会が与えられなかったことは憲法31条(適正手続き)に反すると主張したという事案です。
憲法第31条
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
憲法31条は直接的には刑事手続きにいて規定するものですが、その趣旨が行政手続きにも一定程度及ぼされることについては判例上認められています(最高裁大法廷平成4年7月1日成田新法事件)。
・憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。
・しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。
本件判決においても、この判例を引用して、法人税法127条1項の規定による青色申告の承認の取消処分については、その処分により制限を受ける権利利益の内容、性質等に照らし、その相手方に事前に防御の機会が与えられなかったからといって、憲法31条の法意に反するものとはいえないとして判断されています。
ただ、宇賀判事により、原判決が述べる①金銭に関する処分であるから事後的な手続で処理することが適当であり、事後的な手続として、国税不服審判所長に対する審査請求等の不服申立手続が整備されていること、②大量・反復的に行われること、③限られた人員で適正・公平・迅速に手続の処理を図らなければならないこと、④処分理由の提示が要求されていること等の理由について、いずれの点も合理的理由たり得ないとしては反対意見が述べられています。
・①については、国税不服審判所長に対する審査請求は、一般の不服申立手続と比較して審査庁の独立性に配慮されているが、そもそも、憲法31条は、違法又は不当な処分がされないように適正な事前手続を要請しているのであり、事後の救済手続が整備されていれば、事前手続がおよそ不要であるということにはならないことはいうまでもない。現行法上も、第三者的な立場にある審査庁への審査請求が行われ得ることのみをもって、事前手続を不要としているものとは解されない。なお、行政手続法13条2項4号は、「納付すべき金銭の額を確定し、一定の額の金銭の納付を命じ、又は金銭の給付決定の取消しその他の金銭の給付を制限する不利益処分をしようとするとき」については、事前の意見陳述手続に関する同法の規定の適用を除外しているが、同号は、青色申告承認取消処分のように、納付すべき金銭の額の確定等の前提となる相手方の地位の得喪に関する処分を対象としていない上、そもそも同号は、それに該当する場合に一律に同法により事前の意見陳述手続を義務付けることはしないとするにとどまり、各処分の類型に応じて、憲法の適正手続の要請により事前の意見陳述手続が必要になり得ることを否定する趣旨でもないから、同号の存在は、上記の合理的理由とは結び付かない。
・②については、申告納税制度は、個々の納税者の申告によって租税債務を確定することを原則とする制度であり、更正処分についても、個々の申告について慎重に調査し、修正申告の慫慂という形での事前手続が事実上とられることが少なくないともいわれる。いわんや青色申告承認取消処分については、相手方に対する不利益の大きさに鑑み、個々の事案ごとに慎重な事実確認がされているはずであり、個々の事案について慎重に検討する余裕がない大量・反復事案であるとして、粗雑な対応がされているわけではないと考えられる。青色申告承認取消処分が大量・反復的に行われるから、事前手続をとっている余裕がなく、事実誤認に対する救済は専ら事後手続に委ねる仕組みが採用されているという理解は、我が国の実際の税務行政の姿から乖離しており、むしろ我が国の税務行政を過小評価することになると思われる。
・③については、少なくとも弁明の機会の付与に相当する手続であれば、弁明書の提出期限を1週間程度とすることも許容されると考えられるので、迅速性の要請等が、事前の意見陳述手続を全く保障しないことの合理的理由になるとは考え難い。なお、青色申告承認取消処分が、行政手続法13条1項1号イの「許認可等を取り消す不利益処分をしようとするとき」に相当することに照らせば、「適正・公平」な手続のためには、聴聞に匹敵する事前手続がとられることが(憲法上必要不可欠とまでいえるかはひとまずおいても)望ましいと解されるが、聴聞は1回の期日で終結することが通常であると思われ、また、通知された青色申告承認取消しの原因となる事実が自認されるために聴聞の期日を開かないことになる場合も少なくないと思われることに加えて、我が国の税務職員の質及び量にも照らせば、聴聞に相当する手続をとることが、迅速性の要請に照らして無理を生じさせるとまでは思われない。
・④については、処分理由の提示は、処分庁が原処分を行うに当たり、その慎重合理性を担保する機能、相手方の不服申立ての便宜を図る機能を有するが、そのことと、事前に意見陳述の機会を保障されることとは意義を異にするのであり、そうであるからこそ、行政手続法は、不利益処分について、事前の意見陳述手続(同法13条)と理由提示(同法14条)の規定を別個独立のものとして設けたのである。したがって、理由提示が行われることは、事前の意見陳述手続が不要である理由には全くならない。