判例時報2595号で紹介された裁判例です(東京地裁令和4年10月14日判決)。
本件は、内定者アルバイトとして(住宅不動産業界向けのコンサルティングを行う部署でコンサルティング補助業務に従事していた労働者が、自宅にて自殺したことから、遺族が、労災保険法に基づく葬祭料を請求したところ、精神障害の発病は業務に起因するものとは認められないとして、これを支給しない旨の処分を受けたことから、処分の取消しを求めたという事案です。
心理的負荷による精神障害の業務起因性の認定基準については、厚生労働省が、専門家によって構成された「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」を設置し、審査の迅速化や効率化を図るための労災認定の在り方に関する検討を依頼し、同検討会は、平成23年11月8日付で、「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」を取りまとめ、厚生労働省労働基準局長は、この報告書の内容を踏まえ、平成23年12月26日付けで「心理的負荷による精神障害の認定基準について」と題する通達(同日基発第1226第1号。という。)を発出しています。
認定基準の内容としては、
①認定基準で対象とする疾病(対象疾病)を発病していること
②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと
のいずれの要件も満たす場合には、当該疾病は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱うとされています。
判決は、認定基準は、行政処分の迅速かつ画一的な処理を目的として定められたものであり、裁判所を法的に拘束するものでないものの、専門家による医学的知見に基づく平成23年報告書を踏まえて策定されたものであり、その作成経緯及び内容等に照らしても合理性を有するものといえる。そうすると、精神障害の業務起因性の有無についても、認定基準の内容を参考にして判断するのが相当であるとした上で、原告の主張した4つの具体的出来事①から④までについて、認定要件②(対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること)を満たすか否かを検討し、いずれも否定しています。
そのうちの一つのエピソードとして、ある社員から「お前は解雇だ」と言われた又は自らの立場を不安にさせられる言葉を投げ掛けられ解雇されるものと認識したとし、これは認定基準別表1の項番30「上司とのトラブルがあった」に該当し、内定者という不安定な立場にあったことなどを踏まえると、心理的負荷の強度は「強」であるとの主張について、その後の面談において、当該社員から「別のメンバーに頼むからもうよい。辞令だから。」と言われ、これを「解雇だ」と勘違いしたとして記録されており、
その発言は、解雇等に言及したものではなく、本人の本件会社における地位・立場を不安定にするものとはいえないず、その発言の結果生じた解雇等についての誤認は、その後の面談により解消しており、本人が勤務を再開するに際しては、当該社員を本人の指導担当から外す措置が講じられたことや、本人は、社員から励ましや労いの言葉を掛けられたり、指導・助言を受けたりし、これらのことについて感謝の意を記載したメールや業務への意欲をうかがわせるメールを送信していることからすると、その後の業務への支障はなかったと認められ、当該発言の評価としては、認定基準別表1の項番31「上司とのトラブルがあった」に当てはめた場合の心理的負荷は「中」と評価するのが相当であるとしています。
また、遺族側は、本人は、本件会社の社員が実際に取り扱っており、期限のある業務(高齢者住宅の統計グラフ作成、シェアハウスマニュアルの誤字脱字チェック及び画像の元データ探し)について指示されたが、業務を行うための基礎的能力を十分には備えていないことから、客観的に、相当な努力があっても期限を守ることは困難であったとして、認定基準別表1の項番8「達成困難なノルマが課された」に該当し、その心理的負荷の強度は「強」である旨主張していました。
これに対し、判決は、本人が指示された業務(高齢者住宅の統計グラフ作成、シェアハウスマニュアルの誤字脱字チェック及び画像の元データ探し)は、いずれも本件会社の社員が実際に取り扱っている案件であるから、本件会社と依頼者との間で締切りが設定されていたと考えられるが、高齢者住宅の統計グラフ作成については、先輩社員からのメールに期限の記載がなく、Bと先輩社員との間で期限が設定されていたとは認められないとし、他方、誤字脱字チェック及び元データ探しについては、本人と先輩社員との間で期限が設定されていたが、内定者アルバイトは、先輩社員の補助として、使用者や依頼者との関係で責任を問われない仕事を与えられているにすぎず、本件会社による勤務評価や評定の対象とはされていないのであって、社員から設定された期限内に仕事が終わらなかったとしても、内定取消しなどの不利益やペナルティが生じるものではなく、現に、本件会社が本人の能力不足を理由に内定を取り消すなどの措置を取ろうとした形跡は見当たらず、Bの勤務評価や評定に関する資料自体の存在もうかがわれないこと、本来、内定者アルバイトに与えられる仕事は、その日のうちに完結するような難易度が低いものである上、仕事の出来は求められていないことも併せ考慮すると、内定者アルバイトに対してノルマが課されていたと評価することはできないとしています。
また、本人と先輩社員との関係性についてみても、社員からは、「失敗するのは当たり前」「会社に入れたのは、長所があり、その長所があれば会社で活躍できると役員陣が判断したからだと思います。」「早く一緒に働けるのを楽しみにしています。」、「ちょっとずつレベルアップしてる感じでいいね!」、「調査とか、いろんな仕事を手伝ってくれてチーム、グループとしてもとても助かっています。」、「何もフォーマットが無い状態でここまで作成してくれて助かります。とても分かりやすくなっていると思います。」のように、本人の仕事ぶりを評価し、激励する内容のメールが送られていることからすれば、本人が、先輩社員から仕事の依頼を受ける中で、強い心理的圧迫を受けていたとは考え難いといったことも指摘して、認定基準別表1の項番8「達成困難なノルマが課せられた」に当てはめた場合の心理的負荷は「弱」と評価するのが相当であると評価しています。