最高裁令和5年11月27日判決(判例タイムズ1519号ほか)。

 

 

抵当権は、債権を担保するために不動産に設定され、支払いが滞れば、抵当権を実行してその不動産を競売にかけて債権を回収することができます。

他方、抵当権が設定されたかにといって、債務者などが抵当権がされた不動産を利用することは禁じられるわけではなく、他に貸すなりすることは自由です。銀行からお金を借りてアパートを建てるなどの事例を考えればごく普通のことです。

そして、抵当権の効力として、債務の支払いが滞った場合に、その不動産そのものを処分して債権回収をすることのほか、その不動産から生み出される賃料などの果実から回収することもまた認められています(抵当権の物上代位 民法304条・372条で抵当権に準用)。

物上代位権を行使するためには差押えが必要とされています。

 

民法

(物上代位)
第304条
 先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。
2 債務者が先取特権の目的物につき設定した物権の対価についても、前項と同様とする。

 

本件は、根抵当権者(上告人)が物上代位を選択して、抵当不動産の賃借人(被上告人)から支払われる賃貸人(根抵当権設定者である債務者)が受け取るべき賃料債権を差し押さえたというものですが、差し押さえの前に、賃貸人と賃借人の間では、賃借人が賃貸人に対して貸したお金と将来の賃料債権を相殺するという合意をしていたため、そちらの合意が優先されるのかどうかが問題となりました。

 

 

高裁は、抵当つぎのとおり総裁のほうが優先されるとしました。

「抵当不動産の賃借人が、抵当権者による物上代位権の行使としての差押えがされる前に、賃貸人に対する債権を自働債権とし、弁済期未到来の賃料債務について期限の利益を放棄して同債務に係る債権を受働債権とする相殺の意思表示をした場合には、相殺の効力を否定すべき理由はなく、その後に抵当権者が当該債権を差し押さえたとしても、差押えの効力が生ずる余地はない。このことは、合意による相殺をした場合であっても同様であって、被上告人は、上告人に対し、本件相殺合意の効力を対抗することができる。」

 

 

しかし、最高裁は次のとおり述べて、その判断を覆しています。

 抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをする前においては、原則として、賃貸人に対する債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺をもって抵当権者に対抗することができる。

 もっとも、物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記によって公示されているとみることができることからすれば、物上代位権の行使として賃料債権の差押えがされた後においては、抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権(以下「登記後取得債権」という。)を上記差押えがされた後の期間に対応する賃料債権(以下「将来賃料債権」という。)と相殺することに対する賃借人の期待が抵当権の効力に優先して保護されるべきであるということはできず、賃借人は、登記後取得債権を自働債権とし、将来賃料債権を受働債権とする相殺をもって、抵当権者に対抗することはできないというべきである。

 このことは、賃借人が、賃貸人との間で、賃借人が登記後取得債権と将来賃料債権とを相殺適状になる都度対当額で相殺する旨をあらかじめ合意していた場合についても、同様である(以上につき、最高裁平成11年(受)第1345号同13年3月13日第三小法廷判決・民集55巻2号363頁参照)。
 そして、賃借人が、上記差押えがされる前に、賃貸人との間で、登記後取得債権と将来賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をした場合であっても、物上代位により抵当権の効力が将来賃料債権に及ぶことが抵当権設定登記によって公示されており、これを登記後取得債権と相殺することに対する賃借人の期待を抵当権の効力に優先させて保護すべきといえないことは、上記にみたところと異なるものではない。

 そうすると、上記合意は、将来賃料債権について対象債権として相殺することができる状態を作出した上でこれを上記差押え前に相殺することとしたものにすぎないというべきであって、その効力を抵当権の効力に優先させることは、抵当権者の利益を不当に害するものであり、相当でないというべきである。
 したがって、抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前に、賃貸人との間で、登記後取得債権と将来賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をしたとしても、当該合意の効力を抵当権者に対抗することはできないと解するのが相当である。