判例タイムズ1519号などで紹介された最高裁判決です(最高裁令和5年10月23日判決)。

 

 

民法で債権侵害と呼ばれる類型の問題があります。

対照となるのは物権侵害になりますが、これは分かりやすくて、人の物(所有権)を壊せば、物権を侵害したことになり、損害賠償の請求ができるということは分かりやすいかと思います。

 

 

債権侵害について同様に考えるとなかなか難しくて、例えば100万円を貸した相手(債務者)には100万円の債権があるわけですが、これを侵害したといえるのはどのような場合かというとなかなか難問です。

債務者を唆して「返さなくてもよいのでは」と言ったからといって、債権自体は消えてなくなるわけではないので、侵害されたとはいえないことになります。

古典的に債権侵害とされ得る典型例としては、引き抜きの事例があげられます。労働債務や出演債務など特定の行為をなす債務について、第三者が引き抜きなどによって債務の履行がされないようにすることで、債権の満足が妨げられたということになり債権侵害になるという理屈です。

 

 

本件は、分譲マンションの建築を請け負った請負人(被上告人)が、マンションをほぼ完成させたものの、請負代金の支払いを受けられなかったことから、マンション敷地に抵当権を設定した上、さらに自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権の回収を図ることとしたが(具体的には、注文者の破産を申し立てて、破産管財人から注文者の所有敷地を譲り受けて売却しようとしたようです。)、注文者が敷地を譲渡したため、そのような行為は債権回収の妨害行為であり、そのために請負代金の回収ができなくなった(債権侵害)と主張して、敷地を譲り受けた者に対して損害賠償請求したというものです。

 

 

高裁判決は「本件行為の当時、注文者には、本件マンションを販売することによって得られる金員をもって支払うほかに、本件代金を支払う手段はなかったのであり、請負人は、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権の回収を図ることとしていたのであるから、上記方法によって本件債権を回収するという請負人の利益は、事実上の期待にとどまらず、不法行為法上の法的保護に値する利益となっていたというべきである。これに加えて、注文者らは、請負人が本件債権の回収を円滑に進めるためには本件マンションを本件敷地と共に分譲販売するほかない状況にあることを知りながら、あえて経済的合理性のない本件行為を行って本件債権の回収を妨害したのであるから、本件行為は、請負人の上記の債権回収の利益を侵害するものとして本件債権を違法に侵害する行為に当たる。」として請負人の請求を認めました。

 

 

注文者らの行為が債権回収の妨害としてあまりに露骨であったということも影響したものと思われます。

 

 

ただ、最高裁は、本件行為は、本件債権を違法に侵害する行為に当たるということはできないとして判断を覆しています(但し2名の裁判官の反対意見あり)。

「本件行為の当時、被上告人は、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権の回収を図ることとしていたが、本件敷地については注文者が所有しており、また、被上告人において、将来、本件敷地の所有権その他の敷地利用権を取得する見込みがあったという事情もうかがわれないから、被上告人が自ら本件マンションを敷地利用権付きで分譲販売するためには、注文者の協力を得る必要があった。しかるに、注文者は、被上告人の意向とは異なり、被上告人から本件マンションの引渡しを受けて自らこれを分譲販売することを要望していたというのであるから、被上告人において注文者から上記の協力を得ることは困難な状況にあったというべきである。これらの事情に照らすと、本件行為の当時、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権を回収するという被上告人の利益は、単なる主観的な期待にすぎないものといわざるを得ず、法的保護に値するものとなっていたということはできない。」