判例時報2587号で紹介された裁判例です(東京地裁令和4年12月26日判決)。

 

 

本件は、弁護士会からの弁護士法に基づく23条照会に応じて、原告の診療記録などを開示した病院を経営する法人(被告)が、債務不履行または不法行為であるとして訴えられたという事案です。原告は、離婚した元配偶者に対して、病気を隠して婚姻したことを理由として損害賠償請求を行っており、その訴訟を追行する過程で、原告の診療記録について23条照会がなされたものです。

 

 

判決は、まず、被告は、原告との間の診療契約上の付随義務として、原告に対し、原告の診療経過等を含む診療上知り得た患者の秘密を正当な理由なく第三者に漏洩、開示等をしてはならない義務(守秘義務)を負っていたというべきであるとしています。

 

 

他方、23条照会の制度について次の通り述べて、被告が本件報告をしたことにつき守秘義務違反を問われるのは、本件照会を受けた被告において、本件照会に係る照会事項の形式的記載内容等のほか、被告が元々保有している情報等を加味して、照会権限を有する東京弁護士会が行った本件申出の適否に関する判断が明らかに合理性を欠くと判断できるような特段の事情が認められる場合に限られると解すべきであるとしました。

・弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするために設けられたものであり、23条照会を受けた団体は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告をすべき義務を負うものと解される。そして、23条照会をすることが前記団体の利害に重大な影響を及ぼし得ること等に鑑み、この制度の適切な運用を図るために、照会権限を弁護士会に付与し、個々の弁護士の申出が上記制度趣旨に照らして適切であるか否かの判断も当該弁護士会に委ねているものと解される(以上については、最判平成28年10月18日民集70巻7号1725頁参照)。それにもかかわらず、23条照会を受けた団体において、当該照会の必要性やこれに応ずることの相当性について積極的に調査をすべき義務を負うとすると、同団体は、23条照会の申出をした弁護士が受任している事件の内容等を調査した上で、当該事件における要証事実等との関係で、真に当該照会が必要なものであるか否かを判断し、さらに、同団体が23条照会に応じた場合に紛争の相手方や第三者の権利との抵触が生ずる事案においては、当該照会に応ずることによって得られる利益とこれを拒絶することによって保護される利益のいずれを優先させるべきかといった難しい法的判断を迫られることになり得るが、同団体に上記のような調査権限ないし調査義務を定める根拠規定は存在せず、また、前記の23条照会の制度趣旨に照らしても、このような重い負担を同団体に課したものとは解されない。なお、本件のように、23条照会の申出をした弁護士の受任事件が訴訟に発展している場合には、23条照会を受けた団体は事件記録の閲覧、謄写等をすることにより、当該事件の内容等を調査することが可能であるが、既に説示したところに照らせば、このような場合に限り事案の内容等について調査義務を負わせるのも相当でない。
 

 

そして、本件では次の通り説示して特段の事情を否定し、原告の請求を棄却しています。

・本件照会に係る照会事項書の「照会を求める理由」欄には、「損害賠償請求訴訟の争点として、被告の当該病気の認識状況及び認識の時期が争点となっており、腎臓病に関するインフォームドコンセントの実施状況等を把握する必要があるため。」との記載がされているところ、この記載については、「照会事項」との関係で、東京弁護士会が行った本件申出の適否に関する判断の合理性の有無を判断するのに必要な要証事実が具体的に記載されているものと評価することが可能であり、同記載内容をもって東京弁護士会が行った本件申出の適否に関する判断に合理性を欠く点があるとはいえない。
・これに対して、「照会事項」欄には、「原告に対する腎臓病の治療経過及びインフォームドコンセントの実施状況につき、回答に代えて①診療録、②看護記録、③レントゲン写真、④諸検査結果票、⑤診療報酬明細書、⑥その他同人の診療に関して作成された資料又は同人へのインフォームドコンセントの実施状況がわかる資料の写しをご送付ください。」との記載があるところ、前記①から⑤までの資料の全てが本件照会に係る照会事項書記載の要証事実(インフォームドコンセントの実施状況)との関係で必要であったといえるか否かについては疑問の余地がないではない。

・しかしながら、この点についても、前記(1)ウで説示したところに照らせば、基本的には、本件照会を受けた被告において、その照会事項が必要な範囲に限定されているか否かを積極的に調査した上で判断することまでは求められていないものと解すべきであり、このような事情が認められるからといって、前記の特段の事情があるということはできない。なお、前提事実(4)のとおり、被告が本件照会に応じて東京弁護士会に送付した資料の中には、要証事実との関連性に疑問が残る⑤の資料が含まれていないなど、被告においても、要証事実であるインフォームドコンセントの実施状況との関連性が薄いものを報告の対象から除外するように努めていることが窺われるところであって、この点につき債務不履行の問題が生じる余地はない。
・また、前提事実(2)イのとおり、本件照会がされた時点では、既に別件訴訟において、元配偶者により、原告が自らの腎臓病罹患を認識していた時期を要証事実とする調査嘱託の申立てがされ、これについて原告から当該申立てを却下する旨の意見書が提出されていたものであり、別件訴訟が係属する裁判所もその採否を留保していたものであるが、前記(1)ウで説示したとおり、被告は、本件申出に係る弁護士の受任事件の内容を積極的に調査すべき義務を負うものではなく、かつ、被告において上記事実を認識していたことを認めるに足りる証拠はないから、前記特段の事情の有無を判断するに当たり、この点を考慮に入れるのは相当でない。

 

 

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