判例時報2583号で紹介された裁判例です(松山地裁令和4年11月2日判決)。

 

 

本件は、病死退職となった労働者の相続人が、亡くなった本人の夏季賞与につき会社(被告)に対して請求したという事案です。

 

 

賞与や退職金では、基準となる日に在籍していたことを支給条件としていることが多く、本件でも会社(被告)の賞与の支給条件として、支給日に在籍していることが支給の要件とされていました。

そして、本人が亡くなったのが支給日の20日前であったため、形式的には支給要件を欠いていました。

 

 

しかし、裁判所は、つぎのとおり、相続人の主張を認めて、本件夏季賞与についての本件支給日在籍要件の適用は、民法90条(公序良俗違反)により、排除されるべきであり、本人が本件夏季賞与の支給日において被告に在籍していなかったことは、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を妨げるものではないとしました。

・賞与は、毎月1回以上の期日に支払われる月例給与に加えて支給されるものであり、使用者は、賞与を支給する義務を当然に負うものではないから、賞与についていかなる支給基準を設けるかは個別の労働契約等によることとなり、賞与の受給資格のある者の範囲を明確な基準で定めることの必要性を一般に否定することはできない。また、被告における賞与は、賃金の後払いとしての性格、功労報償的な意味合いのみならず、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解されることから、考課対象期間より後の在籍の有無を考慮することも認められる。これらに加えて、支給日在籍要件によって、賞与の支給要件が明確な基準で定められることにより、労働者は、自らが予定ないし企図する退職時期と賞与の支給予定日とを比較対照することで、自らが賞与の支給対象となるか否かを予測することができ、労働者に不測の損害が生じることを避けることができるという利点があることも考慮すれば、支給日在籍要件には合理性が認められ、この点について当事者に争いはない。
・もっとも、本件のような病死による退職は、整理解雇のように使用者側の事情による退職ではないものの、定年退職や任意退職とは異なり、労働者は、その退職時期を事前に予測したり、自己の意思で選択したりすることはできない。このような場合にも支給日在籍要件を機械的に適用すれば、労働者に不測の損害が生じ得ることになる。また、病死による退職は、懲戒解雇などとは異なり、功労報償の必要性を減じられてもやむを得ないような労働者の責めに帰すべき理由による退職ではないから、上記のような不測の損害を労働者に甘受させることは相当ではない。そして、賞与の有する賃金の後払いとしての性格や功労報償的な意味合いを踏まえると、労働者が考課対象期間の満了後に病死で退職するに至った場合、労働者は、一般に、考課対象期間満了前に病死した場合に比して、賞与の支給を受けることに対する強い期待を有しているものと考えるのが相当である。
・本件においては、本人が、本件夏季賞与に係る考課対象期間中、長期欠勤等なく稼働することによって、本件夏季賞与の支給額は、上記考課対象期間満了日の経過をもって既に具体的に確定していたものと評価される状態にあったのであるから(本件規程によれば、被告理事長の査定を経て賞与の支給の可否や支給額が定まる建前にはなっているものの、被告において、夏季賞与額は、原則として、その支給される年の基本給1か月分の額に1.5を乗じた額にて算定される取扱いが定着しており、このように算定された夏季賞与の支給見込み額は、前年の12月に従業員に被告理事長名にて通知される運用(本件運用)とされ、考課対象期間に産休や育休などで長期欠勤していた等の事情で当該通知額と実際の支給額とに差異が生じることはあったものの、業績を原因としてその金額が変動したことはなかった)、本人の本件夏季賞与の支給を受けることに対する期待は、単なる主観的な期待感の類いのものではなく、法的な保護に値し得るだけの高い具体性を備えたものであったといえる。
・また、本人が病死により被告を退職したのが本件夏季賞与の支給日の20日前であったという事情も考慮すれば、本件夏季賞与について、本件支給日在籍要件を機械的に適用して、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を否定することは、本人にとって、あまりに酷であるといわざるを得ない。