判例タイムズ1517号で紹介された裁判例です(大阪地裁令和5年5月31日判決)。

 

 

本件は、大阪地裁堺支部で審理された民事訴訟の被告とその支援者であった原告らが、同訴訟の口頭弁論期日に係る出廷や傍聴券発行手続に際し、裁判官から、原告らの着用するブルーリボンバッジを取り外すよう要請し、かつ、取り外さなければ入廷を認めないとの措置を執ったことが国家賠償法上違法である旨主張して損害賠償請求を提起したという事案です。

なお、その民事訴訟というのは、韓国の国籍を有する会社の従業員が、韓国人等を誹謗中傷する人種差別や民族差別を内容とする政治的見解が記載された文書が職場で大量に配布されてその閲読を余儀なくされたなどとして、会社らに対し、不法行為等に基づき損害賠償金の支払を求めたという事案で報道などもされたものです。

 

 

判決は、本件要請は、別件訴訟の開廷に先立って裁判官による法廷警察権の行使の一環として行われた傍聴券発行(裁判所傍聴規則1条1号)手続の際、堺支部の敷地内に設けられた傍聴券発行場所において傍聴希望者に対してされたものであり、裁判官が本件バッジの着用を聞知し得る場所において、法廷の開廷に接着した時間帯に行われたといえるから、法廷警察権に基づくものと認められるとし、裁判所法71条の法廷警察権を行使し得る場所的限界又は範囲については、法廷の秩序を維持するに必要な限り、法廷の内外を問わず裁判官が妨害行為を直接目撃又は聞知し得る場所まで及ぶものと解すべきであり、時間的範囲は、法廷の開廷中及びこれに接着する前後の時間を含むと解されるとの判例(最高裁昭和31年7月17日第三小法廷判決・刑集10巻7号1127頁参照)を引用しています。

 

 

裁判所法

第71条(法廷の秩序維持) 法廷における秩序の維持は、裁判長又は開廷をした一人の裁判官がこれを行う。
② 裁判長又は開廷をした一人の裁判官は、法廷における裁判所の職務の執行を妨げ、又は不当な行状をする者に対し、退廷を命じ、その他法廷における秩序を維持するのに必要な事項を命じ、又は処置を執ることができる。

 


そして、本件要請の違法性について、つぎのとおり説示して、法廷警察権の目的、範囲を著しく逸脱し、又はその方法が甚だしく不当であるなどの特段の事情があったと認めることができないから、国家賠償法1条1項にいう違法な公権力の行使ということはできないと結論付け、請求を棄却しています。
・法廷警察権は、法廷における訴訟の運営に対する傍聴人等の妨害を抑制、排除し、適正かつ迅速な裁判の実現という憲法上の要請を満たすために裁判長に付与された権限である。しかも、裁判所の職務の執行を妨げたり、法廷の秩序を乱したりする行為は、裁判の各場面においてさまざまな形で現れ得るものであり、法廷警察権は、各場面において、その都度、これに即応して適切に行使されなければならないことに鑑みれば、その行使は、当該法廷の状況等を最も的確に把握し得る立場にあり、かつ、訴訟の進行に全責任を持つ裁判長の広範な裁量に委ねられて然るべきものというべきであるから、その行使の要否、執るべき措置についての裁判長の判断は、最大限に尊重されなければならない。したがって、法廷警察権に基づく裁判長の措置は、それが法廷警察権の目的、範囲を著しく逸脱し、又はその方法が甚だしく不当であるなどの特段の事情のない限り、国家賠償法1条1項の規定にいう違法な公権力の行使ということはできないものと解するのが相当である(以上について最高裁平成元年3月8日大法廷判決・民集43巻2号89頁参照)。そして、法廷警察権の上記趣旨に鑑みれば、裁判長は、開廷前であっても、法廷の秩序を維持するために必要な措置を執ることができると理解される。
・別件訴訟において、原告X1が代表取締役を務める別件被告会社の従業員である別件原告は、韓国人等を誹謗中傷する人種差別や民族差別を内容とする政治的見解が記載された文書(別件配布文書)が職場で配布されたと主張していたところ(前記前提事実(2))、別件原告の支援者は、第9回口頭弁論期日の頃から、別件原告側缶バッジを着用していた(前記前提事実(3)ア)。前記前提事実(6)のとおりの別件訴訟の争点と別件被告らの主張、別件原告側缶バッジの外観からすれば、別件原告の支援者による別件原告側缶バッジの着用は、別件被告らを糾弾し、別件原告を支援するためであったと理解される。そして、第10回口頭弁論期日の際、開廷前、別件被告らの支援者は、これに対抗して、富士山及び太陽が描かれた缶バッジを着用していた(前記前提事実(3)イ)。これらの事実によれば、別件訴訟をめぐる双方の支援者による広範囲にわたる主義主張の対立が、バッジの着用という方法により傍聴券発行場所において顕在化していたといえる。第11回口頭弁論期日の開廷前には、傍聴券発行場所において、別件原告の支援者が、本件バッジを着用する別件被告らの支援者に対し、不公平であるなどとして、本件バッジを取り外すよう求めるいさかいが実際に生じた(前記前提事実(3)ウ)。本件バッジは、北朝鮮によって拉致された日本人の救出を求める国民運動の象徴として製作されており(前記前提事実(5))、韓国籍を有する別件原告に対する不法行為等が問題となった別件訴訟の争点に関する意思の表明を意図したものではない。しかし、別件配布文書は、中韓北朝鮮との間の外交問題等を主題として中韓北朝鮮の国家や政府関係者を強く批判したり、在日を含む中韓北朝鮮の国籍や民族的出自を有する者に対して激しい人格攻撃の文言を用いて侮辱したり、我が国の国籍や民族的出自を有する者を賛美して中韓北朝鮮に対する優越性を述べたりするなどの政治的な意見や論評の表明を主とするものであったと裁判所に認定された内容のものであった(前記前提事実(6))。そうすると、上記のようないさかいが生じたのは、別件原告の支援者において、別件被告らの支援者による本件バッジの着用について、別件訴訟に係る民族的主張に関する意思を表明するものと理解されたからであると判断される。
・以上の事実を踏まえると、本件要請がされた各口頭弁論期日の開廷前、傍聴券発行場所において本件バッジの着用を許せば、別件原告及び別件被告らの各支援者の間でさらなるいさかいに発展し、傍聴券の発行が円滑に行われず、ひいては別件訴訟の進行に支障を来す可能性、また、別件原告の支援者に対し、裁判所の中立性や公平性に対して懸念を抱かせる可能性があったと認められる。法廷は、事件を審理、裁判する場であり、訴訟関係者や傍聴人がバッジの着用等により表現行為をすることは予定されていないし、当該表現行為について、訴訟の進行に支障を来す場合にまで何らの制約も受けないということはできない。このことは、開廷前の傍聴券発行場所においても同様である。