判例タイムズ1421号で紹介された裁判例です(東京高裁平成26年5月21日判決)。

 

 

本件は、弁護士会から懲戒処分(戒告)を受けた弁護士がその取り消しを求めた行政事件です。

 

 

事案は、窃盗(万引き)事案について、被告人は第一審から一貫して無罪主張をしていましたが、第一審判決では有罪となり、控訴審での国選弁護人に選任されたのが本件で懲戒処分を受けた弁護士です。

当該弁護士(本件の原告)は、控訴趣意書に、被告人の主張は整理して記載したものの、さらに、「被告人の上記主張について、弁護人は原審で取り調べられた関係証拠に基づき、証人の証言には嘘はないこと、原判決にも誤りがないことを縷々、説得したが、被告人は納得せず、控訴審においても、あくまで無罪を主張するというので、弁護人も被告人の主張に従い、原判決は事実を誤認しており、被告人は無罪であると主張するものである。」と記載しました。

 

 

結局控訴審判決も第一審を是認し、被告人が上告したところ、上告審の弁護人が、被告人が一審以来冤罪を主張しているのに、明示の意思に反して、原告が実質有罪弁論に等しい内容の本件控訴趣意書を作成、提出したことは、弁護士職務基本規程)四六条に違反するとして懲戒請求をしたというものです。そのため、本件の懲戒請求者は被告人ではなく、上告審の弁護人ということになります。

 

 

判決は、原告が本件控訴趣意書を作成し、提出した行為は、控訴審の弁護人の行為規範に反し、被告人の防御権を著しく侵害すると評価されるものであるから、弁護士としての「品位を失うべき非行」に該当するというべきであるとしました。
 

【判決要旨】

 まず、控訴審における弁護人である原告の行為規範について考える。
 憲法、刑事訴訟法その他の法令・規則により、被疑者・被告人には防御権が保障されており、その行使を制度的に担保するため憲法三七条三項により、刑事被告人には弁護人依頼権が保障されている。そして、弁護人には、「誠実にその職務を行い」(弁護士法一条二項)、「被疑者及び被告人の防御権が保障されていることにかんがみ、その権利及び利益を擁護するため、最善の弁護活動に努める」(基本規程四六条)ことが義務付けられている。すなわち、被告人の権利・利益を擁護することは、刑事弁護活動の本質であり、弁護人には、最善努力義務、誠実義務が課されているから、被疑者・被告人にとって必要な事項を時宜にかない、適切かつ十分な内容で行うことが要請されている。そして、「最善」の弁護活動とは、当該弁護士が主観的に最善と判断するものをいうのではなく、刑事弁護を行う平均的水準の弁護士が合理的に考えて最善と判断する弁護活動をいうものと解される。
 また、刑事被告人は、有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受けており、一審において有罪判決を受けている場合も同様である。本件被告事件において、被告人は一審以来一貫して無罪を主張しているのであるから、弁護人は、被告人の意思を尊重して弁護活動をすることが行為規範として要請されているものと解される。
 さらに、控訴審における弁護人は、控訴趣意書が一定の方式を具備して作成され、差出最終日までに提出されることが控訴の要件であり、被告人に弁論権はないとされていること(なお、本件は必要的弁護事件である。)からすると、弁護人が適切な内容の控訴趣意書を作成・提出することが、弁護活動において大きな比重を占めるものというべきである。
 

 次に、弁護人の上記行為規範を念頭に置き、本件控訴趣意書の作成・提出行為につき、どのように評価するのが相当かを検討する。
 認定事実によれば、本件控訴趣意書第一項における原告の意見は、被告人の主張の要約に続けて、それを逐一否定する内容であり、被告人の権利、利益を擁護することにはなり得ないものである。また、本件控訴趣意書第二項は、弁護人は原判決に誤りはないと考えているが、被告人の主張に従い、無罪の主張をするというものであり、実質的に観察すれば、弁護人としては被告人は有罪であると考えていると主張するに等しいものである。
 そうすると、刑事弁護人の上記行為規範を考えると、本件控訴趣意書は、被告人が作成し、同人の意思を表している控訴趣意書の内容と背馳するものであり、被告人の防御権を侵害し、その限りで被告人に不利益となる弁護活動と評価されるものと解される。もとより、刑事弁護を行う平均的水準の弁護士からみても、最善の弁護活動とはいえないことは明らかである。
 

 上記の判断は、本件において、被告人の窃盗の犯人性は、専ら犯行を目撃したとする証人らの証言の信用性に係るものであったところ、原告が一審記録を精査、検討した結果、目撃者であるCらの証言の信用性を肯定し、被告人を有罪とした一審判決の事実認定に誤りはないと判断したものであったとしても、被告人の意思に反するものである以上、左右されるものではない。
 原告は、多数回にわたって被告人と接見し、一審記録を検討した結果に基づき、原告の意見を説明しても、被告人の無罪主張をする意思は変わらなかった。また、被告人は、本件控訴趣意書提出前にその内容を見てはいない。さらに、上告しているから、控訴審判決に承服していないことも明らかである。そうすると、被告人が原告から差し入れられた本件控訴趣意書に対し、明示的に異議を述べていないこと及び被告人が控訴審の判決後、原告に対し、謝意を表す手紙を送付していることをもって、本件控訴趣意書の内容に納得し、その弁護活動に同意していたものとみることは相当とはいえない。もっとも、被告人の上記手紙は、原告が多数回にわたり接見するなどの熱心な弁護活動をしたことについて謝意を表すものと評価することができるから、その限りで懲戒の程度の判断における考慮要素とすることは相当と解される。
 

 弁護士が、事件の受任及び処理に当たり、自由かつ独立の立場を保持するように努める(基本規程二〇条)とは、弁護士は職務を遂行するに当たって、専門家として委任の趣旨の範囲内において広い裁量権が認められており、また、公共的役割を担う者として、依頼者(刑事事件の場合は、被疑者・被告人)の恣意的要求をただそのまま受け容れ、これに盲従するのみであってはならないこと、したがって、職務において依頼者に誠実かつ忠実でなければならないが、これに拘束されるものではないことを意味するものである。もとより依頼者の依頼や指示が不当又は違法な場合に弁護士がこれに応じるべきではないが、被告人の主張が弁護人からみて法的に通らない内容であることが直ちに上記場合に当たるとはいえない。弁護人は法律の専門家として被告人の主張を検察官や裁判所が理解しやすいように法的に適切に構成することが求められているのであって、弁護人のそうした活動が弁護人の自由・独立を制約するものにはなり得ない。
 そうすると、本件控訴趣意書第一項は、被告人の主張を弁護人が法的に適切に構成したといえないことは明らかであり、この点に関する原告の上記主張は失当である。
 また、消極的真実義務とは、弁護士が、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない(基本規程七五条)ということであり、控訴審の弁護人が被告人の意思にかなうよう、弁護活動として、一審で取り調べられた証人の証言の信用性について疑問を提示したり、裁判所の判断の問題点を指摘したりすることは何ら消極的真実義務に反するものではない。