判例タイムズ1517号で紹介された裁判例です(東京高裁令和4年10月24日判決)。

 

 

労働者が、使用者に対して、就労させることを求められるか(就労請求権)については、就労することは労働者の義務ではあるが権利ではないとして、労働者にどのような就労をさせるかは使用者が決めるべきことであるとして、一般的には否定されています。

そのため解雇無効が認められたとしても、当該労働者をもとの職場に復職させるか、そもそもどのような仕事をさせるかは使用者が決めることであるので、労働者にとって不本意な職務を割り当てられたり、出社に及ばずとしてそのまま待機させられたりするということがあります(もちろん、追い出し部屋のようなところで一日中何もさせずに苦痛を与えたりといったような場合には、そのことが不法行為となり得ることはあります)。

 

 

もっとも、例外的に①個別的・具体的な特別の合意が存在する場合,②雇用契約等に特別の定めがある場合,③業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合には、具体的な就労請求権が認められることもあるとされます。

 

 

 

本件は、大学教授が、①週 4 コマ以上の授業を担当する旨の定めがあるにもかかわらず,大学が授業を担当させなかったことが債務不履行に該当する、②そのことについてハラスメント防止・対策専門部会に対し,相談したにもかかわらず,長期間にわたりこれを放置した上,審議不能であるとして何らの改善策を講じなかったと主張して、慰謝料の請求をしたというもので、第一審判決、控訴審判とも、その請求を認めたものです(慰謝料として①について100万円、②について5万円を認容)。

 

 

【控訴審判決要旨】

①に関して

 一般に,労働契約における労務の提供は労働者の義務であって,原則として,使用者はこれを受領する義務(労働者を就労させる義務)を負うものではないものの,本件では,大学教員が行う講義等の特質を考慮する必要がある。

 このことを踏まえ,被控訴人が,第二次訴訟において,本件大学の心理学部専任教授として 1 コマ 90 分の授業を週4コマ行う権利のあることの確認等を求め,本件和解が成立したものであること,本件和解条項 5 項では,平成 28 年度雇用契約の内容を本件契約のとおりとすることを定めているところ,本件契約 8 条 1 項では「授業時間は週 4 コマ(1 コマ 90 分授業)」と具体的な担当授業数や授業時間を明記していることなど,本件和解及び本件契約に至る経緯及び内容等に照らせば,控訴人と被控
訴人は,本件和解及び本件契約において,控訴人が被控訴人に対し少なくとも週 4 コマ(1 コマ 90分)の授業を担当させることを合意したと解するのが相当であって,控訴人は,被控訴人に対し,そのような授業を担当させる具体的義務を負っていたと認められる。
 すなわち,控訴人が主張する分類に従えば,本件は,労働者の就労請求権が認められる例外的な場合のうち,①個別的・具体的な特別の合意が存在する場合又は②雇用契約等に特別の定めがある場合に該当するということができるから,控訴人の上記主張は採用することができない。

 

 

②に関して

控訴人は,本件部会が本件申告事項について審議不能との結論を出したのであれば,遅滞なくその旨を被控訴人に通知すべきであって,結論を出した平成 29 年 7 月 6 日から,C 補佐が被控訴人所属組合に対してその旨を回答した平成 30 年 3 月16 日まで,8 箇月余りにわたり回答をしなかったことについて合理的な理由はなく,当該不作為は控訴人の債務不履行を構成するというべきであって,控訴人の主張は採用することができない