殺人事件などをめぐってSNSに不適切な投稿を繰り返したとして訴追された仙台高等裁判所の岡口基一裁判官に対し、国会の弾劾裁判所は裁判官を辞めさせる罷免の判決を言い渡しました。裁判官が罷免されたのは8人目で、表現行為を理由とした判断は初めてです。

(4月3日NHKニュースウェブから一部引用)

 

内容についての批評はすでに様々なところでなされているところですので、あまり立ち入らずに別の観点から考えてみたいと思います。

 

 

今回の弾劾裁判は、「裁判」となっていますが、国会議員が組織する弾劾裁判所によって下された裁判です(憲法64条1項)。

立法、行政、司法の権力分立の観点から、このような仕組みとなっていることは小学校の公民の授業でも勉強するところです。

 

憲法第64条1項 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。

 

裁判官を罷免することは国会議員で構成された弾劾裁判所によってしかすることができない一方で、罷免にまで至らない懲戒処分については、裁判官も公務員とはいえども、例えば人事院のような行政機関であっても行えず、裁判所自身しか行えないものとされています(憲法78条後段)。

 

憲法第78条 裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。

 

岡口元判事については、(1)犬の民事訴訟に関する投稿と(2)殺人事件の被害者である女子高生の遺族についての投稿によって、平成30年と令和2年に、最高裁から、裁判官分限法に基づき、それぞれ戒告の懲戒処分を受けています。

 

 

【平成30年懲戒における最高裁判旨 戒告処分】

この件においては、経緯としてはブリーフの投稿や令和2年懲戒の原点とされた殺人被害者の女子高生の投稿のことが書かれているものの、最高裁が指摘した直接の懲戒の原因は、犬に関する民事訴訟についての投稿(「「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・」)でした。

 

【令和2年懲戒における最高裁判旨 戒告処分】

この件で最高裁が指摘した直接の懲戒の原因は、殺人事件の被害者である女子高生の遺族が、岡口氏を非難するよう東京高裁事務局及び毎日新聞に洗脳されている旨の表現を用いて遺族を侮辱したというものでした。

 

 

さて、本件の弾劾裁判での訴追の原因としてあげられているのは、要するに上記の(1)(2)に関連する投稿群です。

 

訴追状 – 不当な訴追から岡口基一裁判官を守る会 (okaguchi.net)

 

 

最高裁自身が罷免を求めずに戒告として処分した者について、弾劾裁判所が口を挟んでさらに重い処分(しかも罷免という極めて重い処分)を科すというのは、権力分立の観点からはいかがなものなのであろうかと疑問に思うところです。

この点、裁判官弾劾法では最高裁は罷免の事由があると思料するときは、罷免の訴追を求めなければならないとされているところで(法15条3項)、この点は弁護団も主張をしたようですが、判決では、過去にも最高裁からの訴追請求がなくても罷免した事例があるとして退けています。

しかし、最高裁が戒告として処分した裁判官を弾劾裁判所が同じ事由をもって罷免が相当であるとした事例はないのであり、やはり、こうしたことは問題なのではないかと考えることもできます。

 

 

裁判官弾劾法第15条(訴追の請求) 何人も、裁判官について弾劾による罷免の事由があると思料するときは、訴追委員会に対し、罷免の訴追をすべきことを求めることができる。
② 高等裁判所長官はその勤務する裁判所及びその管轄区域内の下級裁判所の裁判官について、地方裁判所長はその勤務する裁判所及びその管轄区域内の簡易裁判所の裁判官について、家庭裁判所長はその勤務する裁判所の裁判官について、弾劾による罷免の事由があると思料するときは、最高裁判所に対し、その旨を報告しなければならない。
③ 最高裁判所は、裁判官について、弾劾による罷免の事由があると思料するときは、訴追委員会に対し罷免の訴追をすべきことを求めなければならない。

④ 略