判例タイムズ1516号などで紹介された事例です(大阪地裁令和5年9月19日決定)。

 

 

刑事事件として無罪とされたプレサンス事件において、担当検事による取調べの違法性を主張して国賠請求がされた民事事件において、共犯者とされた部下の取調べの際の録音録画データの提出の可否が問題とされた事案です。

 

 

横領無罪、検事2人告発へ 特捜事件でプレサンス前社長 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

 

民事訴訟法の文書提出命令の規定は次のとおりであり、取調べの録音録画データは法220条4号ホの「刑事事件に係る訴訟に関する書類」に該当するので提出命令の除外事由に該当するものの、同時に、3号の法律関係文書にも該当するときは、当該文書の保管者が,必要性の有無や程度,開示されることによる被告人,被疑者,関係者の名誉やプライバシーの侵害,捜査や公判に及ぼす不当な影響等の弊害の発生のおそれの有無等の諸般の事情を勘案した上での判断に裁量の逸脱があったかどうかという観点から判断し、場合によっては文書提出命令の対象となり得るというのが判例です(最高裁平成)。

ちなみにですが、原告側では、刑事事件において当該録音録画データの開示は受けているはずですが、これをそのまま民事裁判で提出することは、刑訴法の規定上、証拠の目的外使用となり処罰の対象となってしまうことから、文書提出命令という手続きを改めて取らざるを得ないということになったものです。

 

(文書提出義務)
第220条
 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書

 

司法解剖の写真 民事裁判でも使用可 「捜査当局に提出義務」 最高裁決定 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

 

当然のことながら、国側は、録音録画データの提出を拒否したわけですが、前提として、これが法律関係文書に該当するかどうかにつき、決定では、次のとおり判示して肯定しています。

・録音録画は、刑訴法301条の2第1項3号により作成が義務付けられた検察官の共犯者に対する取調べの機会の開始から終了に至るまでの間における共犯者の供述及びその状況を録音・録画したものであるところ、同条の趣旨は被疑者・被告人の供述の任意性その他の事項についての的確な立証を担保するとともに取調べの適正な実施に資することにある。そうであるところ、本件のように、後に至って当該取調べが不適正で違法であるとして提起された国家賠償訴訟は、同条に基づく録音録画を利用することが有用な訴訟類型であるといえる。
・また、本件においては、共犯者の録音録画は、その供述の信用性の重要な判断資料となるもので、その供述は、申立人が本件横領事件の共謀に関与したことを立証する主要な証拠の一つであったから、その録音録画も共犯者の供述と一体となって、申立人を本件横領事件に加担したという公訴事実で公訴提起するかどうかを決める重要な判断資料であったといえる。このように、本件では、共犯者の録音録画は、検察官において、申立人に対して公訴提起し、申立人を被告人の地位に置くという法律関係を生じさせる判断に当たり、重要な判断資料であったことが認められる。
・以上からすれば、共犯者録音録画は、民訴法220条3号後段における挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたものと認めるのが相当である。

 

 

次に、法律関係文書である録音録画データの提出を拒んだことについての判断に裁量逸脱があったかどうかに関して、決定は次のとおり、公判提出部分と不提出部分に分けて検討したうえで、いずれについても裁量逸脱があったとしています。

⑴ 公判提出部分について
・刑訴法53条によれば、何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができることとされているが、無制限な記録の公開を許すと被告人保護の見地などから弊害が生ずることに留意する必要があり、刑事確定訴訟記録法4条2項各号に該当する場合には閲覧を許さないものとされている。
・本件の公判提出部分は、刑事確定訴訟記録法4条2項1、2、3又は6号に該当しないことは明らかである。また、公判提出部分は、本件横領事件の刑事事件の公判廷において取調べ済みであることや、別件訴訟の訴訟上の和解において、共犯者がその録音録画の証拠採用に反対しないこと及び申立人が共犯者のプライバシーに最大限配慮することを確認していることからすれば、基本事件において公判提出部分が取り調べられたとしても、共犯者の改善更生を著しく妨げたり、共犯者や関係人の名誉又は生活の平穏を著しく害したりするおそれは認められず、同項4号又は5号にも該当しない。
・相手方は、刑事確定訴訟記録法の規定に照らして閲覧制限事由があるとか、本件申立てが認められることにより「犯人の改善及び更生を妨げ、又は関係人の名誉若しくは生活の平穏を害する行為」をする恐れがあると認められる相当の理由がある等と主張するが、上述に照らし、採用の限りではない。
・そうすると、本件の公判提出部分が民訴訟220条3号後段の準文書に該当することは前記3のとおりである上に、本件の公判提出部分は刑事確定訴訟記録法4条2項各号にも該当しないのであるから、相手方に提出義務を認めるのに支障はない。
 

⑵ 公判不提出部分について
・共犯者の録音録画のうち、公判不提出部分は刑訴法47条の「訴訟に関する書類」に該当する。そして、公判不提出部分が法律関係文書に該当すれば、公判不提出部分が同条所定の「訴訟に関する書類」に該当するとしても、その保管者による提出の拒否が当該保管者の有する裁量権の範囲を逸脱し又は濫用するものである場合には、裁判所は、その提出を命ずることができるとするのが相当である(最高裁平成15年(許)第40号同16年5月25日第三小法廷決定・民集58巻5号1135頁参照)。
・公判不提出部分については、検察官が共犯者に対する取調べにおいて、机を叩く、恫喝する等の非言語的要素があったと指摘されており、基本事件においてこれを取り調べる必要性は高い。

・また、共犯者は、別件訴訟の訴訟上の和解において、共犯者の録音録画が公になることについて同意し,申立人も共犯者のプライバシーの保護について最大限配慮することを確認しているのであって、被告人、被疑者及び関係人の名誉、プライバシーの侵害のおそれがあるともいえない。

・さらに、本件横領事件における被告人のほとんどは有罪判決が確定していること、基本事件において公判不提出部分についての反訳が記載された報告書が提出され、詳細に主張の中で引用されていることからすれば、共犯者の録音録画が開示されたからといって本件横領事件の捜査、公判に不当な影響を与えるおそれはなく、その録音録画を公表した場合に他に何らかの支障が生じるおそれをうかがわせる事情も見当たらない。

 

 

・・・取調べが適正になされていることを担保するために録音録画しているのだから正々堂々開示すればいいだろうと思ってしまいますね。