労働判例1145号で紹介された裁判例です(東京高裁平成28年8月3日判決 第一審東京地裁平成28年3月8日判決)。
本件は1か月の試用期間中の原告の次のような言動を理由として解雇したことの有効性が争われました。
(解雇理由・被告の主張)
原告は,平成27年3月25日,被告社内のほぼ全員が参集した全体会議において,被告の試算表や決算書が間違っている,その修正方法の協議ために経理責任者として被告への採用が内定していたEが同月27日に来社することになった旨発言した(なお,被告の経理処理,決算に誤りがあるという,原告の上記認識は結果的には正しくなかったが,被告は原告が認識を誤ったこと自体を問題視しているわけではない。)。
企業の経理処理に誤りがあるという情報は,当該企業にとっては極めて重大な極秘事項であり,センシティブな情報であって,仮に,それを認識した担当者であれば,自己の認識について誤解がないかどうか,専門家を含む経理関係者への確認などを含む慎重な検証が求められる。そして,その検証の結果として,その認識に誤りがないと確信したのであれば,代表者,他の経理担当者を含む当該秘密に接して良いと考えられるごく限定された者らとの間で極秘に対処法を協議し,これを実行するというのが採るべき行動である。ところが,原告は,自己の考えに固執し,かつ,かかる慎重な過程を経ることなく,本件全体会議の席上において,突然発言を求め,被告の経理,決算に誤りがあるなどと述べた。なお,原告からは,それが誤りであると承知しても改まった説明もなかった。
被告にとって,原告の上記の行動は驚がく的であり,原告につき,「どこで何を言い出すかわからない,自分の行うことのみが唯一正しいと思うような人物であり,恐ろしくて一緒に仕事をすることができない。」と判断せざるを得なかった。
(裁判所の判断・第一審判決 解雇無効)
・試用期間を理由とする解約権行使の要件
本件契約には試用期間の定めがあり,本件解雇につき,被告は,その定めに基づいて試用期間経過時点で留保された解約権を行使したものと解される。そして,労働契約において試用期間を定め解約権を留保した趣旨に鑑みると,採用決定後の調査や就職後の勤務状況に照らし,使用者において,採用時に認識できなかった事実が判明し,解約権を行使する客観的に合理的な理由が存在し,その行使が社会通念上相当として是認され得る場合に限り,解約権を有効に行使できるものと解するのが相当である。
そこで,被告が主張する事由が解約権を行使する客観的・合理的理由に当たるか,その行使に社会通念上相当性が認められるかという観点から,以下検討する。
・被告は,本件解雇の理由につき,本件全体会議において,原告が,被告の試算表や決算書が間違っている旨発言したことが,本件解雇の理由である旨主張する。
確かに,試算表や決算書が間違っているか否かは,当該企業にとって重要な事項であるから,従業員が当該事項に関する言動をする際には,たとえ企業内であっても慎重な配慮が必要であるところ,本件において,試算表や決算書が間違っている旨の発言が,被告社内のほぼ全員(親会社の従業員も含む。)が参集した本件全体会議において,関係部署や代表者に対して事前に発言する旨の連絡・調整なしにされたことが,被告の役員や従業員を困惑させることは容易に推測されるところであり,原告の発言が穏当を欠くものであったことは否定できない。また,同発言から推察される原告の性格傾向は,被告にとって試用期間中に判明した事実と一応言い得る。
しかし,原告の上記発言は,その前後の文脈からはEが来訪することに関する事務連絡の一環としてされたものであり,殊更被告の関係者を貶めるなどの悪意をもってされたとは認められないこと,その後,原告は,被告代表者に対し,配慮が足りなかったなどとして2度にわたり反省の意を示していること(なお,被告は,これらの機会の原告の発言が謝罪であるという評価を争うが,少なくとも心配をかける言い回しをしたとして反省の意を示しているとの限度では認定できる。),被告が原告の上記発言を明示的に注意した様子も,原告が同趣旨の発言を繰り返した様子もうかがえないこと等からすると,原告の上記発言をもって,被告において解約権を行使する客観的に合理的な理由が存在するとは認められない。そうすると,本件解雇は社会通念上相当なものとして是認できず,無効なものというべきである。なお,原告の上記発言が客観的に誤りか否かについては争いがあるものの,被告においても原告が認識を誤ったこと自体を問題視しているわけではない旨主張するとおり,仮に同発言が客観的には誤りであったとしても,この点は上記判断を左右しないというべきである。
(控訴審 解雇有効)
・既に述べたとおり本件契約には試用期間の定めがあり、本件解雇は、試用期間中に被控訴人に留保された解約権の行使として行われたものである。しかるところ、使用者による試用期間中の労働者に対する留保解約権の行使は、本採用後の通常解雇より広い範囲で認められるべきであるが、解約権の留保の趣旨・目的に照らして、使用者において、採用決定後の調査や就職後の勤務状況等により、採用時に知ることができず、また知ることを期待できないような事実を知るに至った場合であって、その者を引き続き雇用しておくことが適当でないと判断することが客観的に相当であると認められる場合など、解約権を行使する客観的に合理的な理由が存在し、その行使が社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されると解される。
・そこで、本件について検討するに、既に認定したところによれば、被控訴人が控訴人を雇用したのは、被控訴人における業況の拡大に対応した社内体制構築の一環としてであり、控訴人が社会保険労務士としての資格を有し、経歴からも複数の企業で総務(労務を含む。)及び経理の業務をこなした経験を有することを考慮し、労務管理や経理業務を含む総務関係の業務を担当させる目的であり、人事、財務、労務関係の秘密や機微に触れる情報についての管理や配慮ができる人材であることが前提とされていたものと認められる。
ところで、企業にとって決算書などの重要な経理処理に誤りがあるという事態はその存立にも影響を及ぼしかねない重大事であり、仮に担当者において経理処理上の誤りを発見した場合においても、まず、自己の認識について誤解がないかどうか、専門家を含む経理関係者に確認して慎重な検証を行い、自らの認識に誤りがないと確信した場合には、経営陣を含む限定されたメンバーで対処方針を検討するという手順を踏むことが期待される。
しかるに、控訴人は、自らの経験のみに基づき、異なる会計処理の許容性についての検討をすることもなく、被控訴人における従来の売掛金等の計上に誤りがあると即断し、上記のような手順を一切踏むことなく、全社員の事務連絡等の情報共有の場に過ぎず、また、Fの来訪日程を告げることの関係においても、必要性がないにもかかわらず、突然、決算書に誤りがあるとの発言を行ったものであり、組織的配慮を欠いた自己アピール以外の何物でもない。さらに、上記発言後の控訴人の行動及び原審本人尋問の結果によれば、控訴人において自らの上記発言が不相当なものであることについての自覚は乏しいものと認められる。
以上によれば、控訴人のこのような行動は、被控訴人が控訴人に対して期待していた労務管理や経理業務を含む総務関係の業務を担当する従業員としての資質を欠くと判断されてもやむを得ないものであり、かつ、被控訴人としては、控訴人を採用するに当たり事前に承知することができない情報であり、仮に事前に承知していたら、採用することはない労働者の資質に関わる情報というべきである。
・そうすると、本件解雇には、被控訴人において解約権を行使する客観的な合理的な理由が存在し、社会的に相当であると認められる。