労働判例1250号で紹介された裁判例です(札幌地裁令和3年7月16日判決)。

 

 

本件は、被告(医療社団法人)に雇用されている原告が,デイケア(通所部門)から介護施設の3階(入所部門)への配転命令は無効であると主張して,同階で勤務する雇用契約上の義務がないことの確認のほか、被告からいわゆる「追い出し部屋」での勤務を指示されるなどのパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)を受けたと主張して慰謝料の支払いを求めたという事案です。

 

 

被告の就業規則には,「理事長は,業務の都合により,次の各号に掲げる場合,職場の配置転換又は人事異動を行うことがある。職員は正当な理由がない限り,これを拒むことができない。」との定めがありましたが、裁判所は、本件配転命令は、業務上の必要性は認められず,仮に認められるとしてもその必要性は低いものにとどまっていたというべきであるとし、原告に精神的苦痛を与え,あるいは原告を退職に追い込むといった,不当な動機・目的によって第1配転命令を行ったのではないかと推認せざるを得ないと判断して、原告の請求を認容しています。

・配置転換は,転居を伴わなくとも,職員の生活に相応の影響を及ぼすことがあるから,使用者は配転命令を無制限で行使できるわけではなく,配転命令に業務上の必要性が存在しない場合,又は,業務上の必要性が存在するにしても,当該配転命令が不当な動機や目的をもってなされたり,職員に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであったりするなど,特段の事情がある場合には,その権限の行使は権利の濫用に該当し,当該配転命令は無効となるものというべきである(最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。

・被告は①本件施設のデイケア部門の休止に伴い,同部門の介護職員である原告を「庶務課」に異動させたところ(第1配転命令),②組合からの要求や,介護職を希望するとの原告の発言などを受けて,平成31年3月18日,原告を同年6月1日付けで本件施設の2階(入所部門)に異動させることとし(第2配転命令),③さらに,「庶務課」から一日でも早く異動したいとの原告の発言などを受けて,同年4月8日,第2配転命令を撤回し,改めて原告を同月15日付けで本件施設の3階(入所部門)に異動させることとした(第3配転命令 本件配転命令)ものであると主張するが、第3配転命令が行われた同月8日の時点では,被告はデイケア部門の再開に向けて求人を行い,R職員を採用しているし,同月中には,デイケア部門を同年6月に再開する旨を対外的に通知しているのであって,このような状況で,採用以来,本件施設のデイケア部門で勤務を続けていた原告を,「庶務課」から本件施設に戻すに際し,あえてデイケア部門ではなく入所部門に配属させる業務上の必要性があったようにはにわかにうかがわれない。したがって,原告を入所部門に異動させるとの第3配転命令については,その業務上の必要性に疑問を差し挟まざるを得ない。

・第1配転命令は,デイケア部門の休止に伴って,原告を同部門から他部署に異動させることとなったものであり,その端緒自体は特段不合理なものというわけではない。
 しかし,第1配転命令による原告の異動先は「庶務課」というところであり,この「庶務課」は第1配転命令の時点までは存在しておらず,原告が初めての配属職員となる部署というのである。しかも,被告は,「庶務課」の事務室を本件施設その他の被告の施設内には設けずに,わざわざアパートの内の居室(本件居室)を新たに賃借し,これをもって事務室とした上,本件居室内に合計3台もの監視カメラを設置し,しかもそのカメラを部屋の内側に向けていたところである。
 そして,被告は原告のみをこのような本件居室で勤務させたものであって,この本件居室で勤務する職員は原告以外にはおらず,C理事が1日に1回訪れる程度であり,その滞在時間も多くて15分程度にすぎなかったというのである。しかも,被告は,このような環境での勤務を原告に命じたにもかかわらず,当初は原告に特段の業務の指示をしなかったのであり,その後も,原告に対し,雑誌「日経ヘルスケア」等の要約や,本件施設で使用するパンフレットの作成など,あえて本件居室で行う必要があるとはおよそ考え難いような業務のみをさせていたものである。
 このような本件居室の状況及び原告の業務内容に鑑みれば,被告は,原告を本件施設から隔離し,監視カメラの設置された異様な環境で孤立させ,あえてそのような場で行う必要がないような業務を行わせることで,原告に精神的苦痛を与え,あるいは原告を退職に追い込むといった,不当な動機・目的によって第1配転命令を行ったのではないかと推認せざるを得ない。