家庭の法と裁判48号で紹介された裁判例です(東京高裁令和4年7月28日判決)。

 

 

本件は、平成16年2月に被相続人が死亡し(相続開始)、単独の法定相続人X(養子)が、相続開始の翌月に遺産である不動産の占有を開始するとともに所有名義を被相続人から自己に移転し、同年6月までには預貯金も名義変更や解約によって取得したが、その後平成30年になって、遺産をYのほか、Y1、Y2と3等分する旨の自筆証書遺言がY1の自宅から発見されたという経緯でした。

 

 

Xは遺言の無効確認を請求するとともに、予備的に、仮に遺言が有効であるとしても、遺産である不動産については占有から10年以上が経過しており取得時効が完成していること、預貯金については消滅自己が完成しているとして、移転登記請求権、不当利得請求権がそれぞれ存在しないことの確認を求めて、Y1、Y2、遺言執行者らを被告として出訴したというのが本件です。

 

 

第一審判決は主位的請求(遺言無効確認)を棄却して、予備的請求を認めたところ、予備的請求を認めた判断についてのみ控訴がされたため、控訴審では予備的請求についてのみが審理の対象となりました。

 

 

争点の一つは、民法884条の相続回復請求権と取得時効の関係でした。

相続回復請求権は、相続権があるのにこれを侵害された場合にこれを回復するというものですが、民法884条はその消滅時効の期間について定めています。

本件においては、遺言の内容からY1、Y2は包括受遺者であり相続人と同一の権利義務を有することため(民法990条)、XとY1Y2の3名は共同相続人の関係に立ちますが、このような共同相続人の関係において、民法884条の相続回復請求権の消滅時効の規定が適用されるのかという点については、最高裁大法廷の判例があります(最高裁昭和53年12月20日判決)。

昭和53年判例は、

「共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について、当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき、民法884条の規定の適用をとくに否定すべき理由はない」

として適用を肯定しつつ、他方で、

「共同相続人のうちの一人若しくは数人が、他に共同相続人がいること、ひいて相続財産のうちその一人若しくは数人の本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながらその部分もまた自己の持分に属するものであると称し、又はその部分についてその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由(たとえば、戸籍上はその者が唯一の相続人であり、かつ、他人の戸籍に記載された共同相続人のいることが分明でないことなど)があるわけではないにもかかわらずその部分もまた自己の持分に属するものであると称し、これを占有管理している場合は、もともと相続回復請求制度の適用が予定されている場合にはあたらず、したがつて、その一人又は数人は右のように相続権を侵害されている他の共同相続人からの侵害の排除の請求に対し相続回復請求権の時効を援用してこれを拒むことができるものではない」

として、その適用範囲をかなり絞っています。

共同相続人間の相続紛争では、相続人の一人が他の相続人の相続権があることを知りながら遺産を独り占めにしていたり、遺言の内容を知った時点(相続権が侵害された事実を知った時)から速やかに無効確認の請求をするなどしているため、相続回復請求の消滅時効が問題となるということはほとんどないことになります。

 

 

しかし、本件は、後から相続人が判明したというケースであって、昭和53年判例が指摘しているような戸籍上はその者が唯一の相続人であり、かつ、他人の戸籍に記載された共同相続人のいることが分明でない場合に当たるということになります。

相続回復請求権が消滅時効にかからない間に、取得時効の主張ができるとすると、相続回復請求権の意味が無くなってしまうしまうという問題意識から、古い大審院判例(大審院昭和7年2月9日判決など)は、相続回復請求権が消滅時効にかからない間は表見相続人(相続権を侵害している相続人)が取得時効することは認められないとしていました。

 

 

しかし、この考え方を取ると、本件のように、遺産の占有を開始して相当期間が経過してから遺言が発見されたような場合にも取得時効の主張をすることが否定されると、事実状態の尊重という取得時効制度の趣旨を没却することになり、また相続権の帰属に伴う法律関係の争いを早期に収束させるという民法884条の趣旨にもそぐわないのではないかという問題意識から、前記の大審院判例の考え方に対しては根強い反対意見がありました。

 

 

本判決は、そのような問題意識や下記のような点を述べて、相続回復請求権の行使ができる期間であるからといって取得時効が認められないと解する理由はないとし、大審院判例を変更しました。

・民法884条の適用がある場合というのは、表見相続人が他に相続人がいることを知らず、かつ、そのことにつき合理的な理由があった場合(本件のようなケース)ということであるが、その場合には取得時効の主張が許されず、他に木ょぅどう相続人がいることを知っていたような民法884条の適用がない場合には取得時効の主張ができるというのはおよそ均衡を失する解釈である。

・大審院判例は明治民法で認められていた家督制度を前提とした解釈であって、現在では先例しての意義を失っている。

 

 

民法

(相続回復請求権)
第884条 
相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から二十年を経過したときも、同様とする。

 

本件のもう一つの争点であった預貯金についての不当利得返還請求については、本件のような遺言により包括遺贈を受けたようなケースでは、遺言の存在と内容を知らなければ権利を講師することはできないから、これらを知った時点が消滅時効の起算点である権利を行使できる時であるとした上で、本件において、Y1については遺言の存在等を知っていたと認められるとして消滅時効が完成していると判断されています。

なお、消滅時効についても相続回復請求権の行使可能期間中は適用がないとする主張については、取得時効と同様に退けられています。