判例時報2574号で紹介された裁判例です(高松高裁令和4年5月25日判決)。

 

 

本件は,使用者である社会福祉法人の施設のセンター長であった労働者(原告)が,部下に対して複数のパワハラ行為を行ったことを理由として懲戒解雇処分とされたため,その無効を主張し,第一審,控訴審ともにその主張が認められたという事案です。

 

 

本件の特徴的な点は,使用者が懲戒処分を下す根拠としたのが,第三者委員会により認定されたパワハラに関する報告書であった点ですが,裁判所は,報告書で認められたパワハラ行為に関して,その信用性や評価をいずれも否定し,懲戒解雇の事由がそもそも存在しないと結論付けたところです。

 

 

たとえば,施設で行っていた利用者に対するパンの実習があり,部下の職員がもう少し実習を続けさせたいと原告に伝えたところ,原告が,30分以上も叱責して,原告が「なぜそんな実習をやっているのか」と問い詰め,部下が「ではどうすればよいのか」と尋ねたところ原告が「自分で考えて」といったとして報告書で認定されたパワハラ行為について,裁判所は,報告書にはこのようなことがあった時期が特定されていない上,聞き取りが行われた時点で8年以上経過していたのに詳細な聞き取りが可能であった理由にらついての説明もなく,対応の前提となる施設の利用者に関する実習に関して作成された文書などの客観的な資料もなく,このようなパワハラ行為があったとする使用者の主張についての信用性は限定的といわざるを得ないとし,部下がパンの実習をもう少し続けたいといったのに対してその理由を尋ねたり,自分で考えるように言ったという限度でのみ事実を認定し,このような行為はパワハラとはならないという評価を下しています。

 

 

他にも報告書が依拠したのが伝聞である報告書であったなどの事情を指摘して,報告書が認定したすべてのパワハラ行為についてその存在自体やパワハラであるとの評価自体を否定しています。

 

 

「第三者委員会」というと,何となく信用できるようなイメージを持ちますが,必ずしも鵜呑みにはできず,その信用性の評価は別途行なう必要があるということを示唆している事例といえます。

 

 

なお,原告は,本件第三者委員会についてその公平性に疑義があったという主張もしましたが,この点については,第三者委員会を設置するかどうか,またその構成をどのようなものとするかは使用者の広範な裁量にゆだねられており,選出された3人の委員(弁護士2名,大学教授)の選出の経緯に不自然不合理な点はないとして退けられています。