判例時報2571号で紹介された裁判例です(さいたま地裁令和5年6月16日判決)。
本件はなかなか毛色の変わった裁判で,原告が,警察に勾留されていた際,ビタミンB1が不足している食事を提供されたため、脚気に罹患し、精神的苦痛を被ったとして損害賠償を求めたという国賠訴訟です。
原告が脚気となったことは事実でしたがその原因について,判決では,
①原告は、平成29年11月から本件警察署に勾留され身柄拘束を受けており、本件警察署で支給された食事以外にビタミンB1欠乏に至った理由は見当たらないこと
②平成30年3月28日から、本件警察署に留置されている被留置者に提供する食事の製造業務の受託者は、訴外会社となり、原告も訴外会社の製造した本件食事を摂取していたものであること
③その後、令和元年7月23日以降、本件警察署の被留置者4名が手足のしびれを訴えてビタミンB1欠乏症と診断され、同年11月7日、県警本部は、「被留置者4名について、提供する弁当にビタミンB1が不足していたことを原因として、ビタミンB1欠乏症と診断された」旨を発表すると共に、訴外会社の食事内容に改善が見られなかったため、同月22日付けで訴外会社との間の業務委託契約を解除したこと
などの事実によれば、原告がビタミンB1欠乏症・脚気に罹患したのは、平成30年3月28日以降に訴外会社の製造した本件食事に健康上必要な量のビタミンB1が含まれていなかったことが原因であると認められると認定しています。
そして, 刑事収容施設法186条1項は、「被留置者には、次に掲げる物品(中略)であって、留置施設における日常生活に必要なもの(中略)を貸与し、又は支給する。」と定め、「二 食事及び湯茶」が掲げられている。そして、同法189条は、「第百八十六条又は前条第二項の規定により貸与し、又は支給する物品は、被留置者の健康を保持するに足り、かつ、国民生活の実情等を勘案し、被留置者としての地位に照らして、適正と認められるものでなければならない。」と定め,被留置者の留置に関する規則(平成19年国家公安委員会規則第11号)17条1項は、「留置主任官は、被留置者に対する食事の支給に当たっては、栄養及び衛生について検査しなければならない。」と、同条2項は、「疾病者その他特別の理由のある者については、必要に応じ、かゆ食その他適当な食事を支給するものとする。」と定めていることから被留置者に対して支給される食事については、被留置者の健康を保持するに足りるものでなければならず、留置主任官は、被留置者に対する食事の支給に当たっては、栄養及び衛生について検査しなければならないことが明らかであるとしています。
その上で,次のとおり説示して,被告(警察)の責任を認めて原告の慰謝料請求を認容しています(認容額55万円)。
被告(警察)の食事提供担当者は、被留置者たる原告に対して、その健康を保持するに足りる食事を提供すべき義務を負っているところ、脚気は過去に国民病といわれていたこともあり、その原因(ビタミンB1の欠乏)は一般に広く知られているから、被告は被留置者に対する食事の提供に際してビタミンB1が欠乏することのないよう注意すべき義務も負っているというべきである。とりわけ、本件では、被告は本件食事につき平成30年6月に行われた検査の結果としてビタミンB1含有量を通知されており、それを検討すれば本件食事に健康上必要な量のビタミンB1が含まれていなかったことを容易に認識することができたものである。そして、原告が埼玉医科大学総合医療センターに入院した際に、原告に対してビタミンB1の補充を開始したところ、全身状態の管理が必要な状態から速やかに改善し、入院から1か月以内に退院に至ったことからすれば、遅くとも上記通知のころまでに被告が適切な対策を講じれば速やかに原告の健康状態の悪化を阻止できたものと認められる。以上によれば、同年7月13日に原告が健康診断で手足のしびれを訴えていたことも考慮すれば、被告の食事提供担当者は、遅くとも同日頃までには、本件食事に健康上必要な量のビタミンB1が含まれていなかったことを容易に認識することができたにもかかわらず、被留置者たる原告に対して、健康上必要な量のビタミンB1が欠乏することのないよう注意すべき義務を怠り、ビタミンB1の欠乏した本件食事を継続的に提供した結果、原告が脚気に罹患して全身状態の管理が必要な状態にまで至ったものと認められる。