判例タイムズ1510号などで紹介された事例です(東京地裁令和4年12月8日判決)。

 

 

本件は、芸能事務所が,専属契約を締結していた被告に対し、被告が契約に反して、芸能事務所の承諾なしに芸名を使用して芸能活動を行っていると主張し、被告に対し、約定に基づき、被告の芸能活動における芸名の使用の差止めを求めたという事案です。

 

 

芸能事務所が請求の根拠とした契約条項は,

(1)「被告の出演業務により発生する著作権、著作隣接権、著作権法上の報酬請求権ならびにパブリシティ権、その他すべての権利は、何らの制限なく原始的に芸能事務所に帰属する。」

(2)「本契約期間中はもとより契約終了後においても、芸能事務所の命名した以下の芸名および名称をその承諾なしに使用してはならない。」

というものでした。

 

 

判決は次のとおり説示して,芸能事務所の請求を棄却しています。なお,芸能事務所と被告の間の契約が終了しているかについても争点でしたが,判決では終了しているものと認定されています。

 

(1)の条項に関して(本件芸名に係るパブリシティ権の帰属先等について)
・人の氏名、肖像等は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有する。こうした氏名、肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(いわゆるパブリシティ権)は、氏名、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる(最高裁平成24年2月2日第一小法廷判決・民集66巻2号89頁)。そして、芸能人等がその活動で使用する芸名等の名称についても上述したことが当てはまる。
・本件において、被告が、平成12年から平成22年末までの約10年間に、多数のCDを発売したり、テレビ番組に出演したりするなどの本件芸名を用いた芸能活動を継続し、その芸能活動に係る配信やCDの販売は、現在も続いていることが認められる。このような事実関係に照らせば、上記期間における被告の芸能活動の結果として、需要者に被告を想起・識別させるものとして、本件芸名には相応の顧客吸引力が生じているといえるから、本来、被告に、本件芸名に係るパブリシティ権が認められるというべきである。
・ところで、本件契約書8条は、被告の出演業務により発生するパブリシティ権が芸能事務所に原始的に帰属する旨を定めている。

 この点、パブリシティ権が人格権に由来する権利であることを重視して、人格権の一身専属性がパブリシティ権についてもそのまま当てはまると考えれば、芸能人等の芸能活動等によって発生したパブリシティ権が(譲渡等により)その芸能人等以外の者に帰属することは認められないから、本件契約書8条のうちパブリシティ権の帰属を定める部分は当然に無効になるという結論になる。

・しかし、パブリシティ権が人格的利益とは区別された財産的利益に着目して認められている権利であることからすれば、現段階で、一律に、パブリシティ権が譲渡等により第三者に帰属することを否定することは困難であるといわざるを得ない。
・もっとも、仮に、パブリシティ権の譲渡性を否定しないとしても、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分が、①それによって芸能事務所の利益を保護する必要性の程度、②それによってもたらされる被告の不利益の程度及び③代償措置の有無といった事情を考慮して、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであると認められる場合には、上記部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になると解される。
・まず、上記①について検討すると、確かに、本件契約が継続していた間の被告の芸能活動は、芸能事務所のマネージメント業務により支えられてきた側面があり、そのために芸能事務所において一定の営業上の努力や経済的負担をしており、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、そのような芸能事務所が投下した資本の回収の一手段として位置づけることができる。しかし、投下資本の回収は、基本的に、両者の間で適切に協議した上で、(専属契約について)合理的な契約期間を設定して、その期間内に行われるべきものであるから、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分によって芸能事務所の利益を保護する必要性の程度は必ずしも高いとはいえない。
・次に、上記②について検討すると、本件芸名の顧客吸引力は、飽くまでも被告の芸能活動の結果生じたものであり、需要者が本件芸名によって想起・識別するのも実際に芸能活動等を行った被告であって、芸能事務所ではない。それにもかかわらず、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、被告が、芸能事務所の所属から離れた場合に、自らの活動の成果が化体した本件芸名を(芸能事務所の許諾なしに)芸能活動に使用できなくするものであり、実質的に、芸能事務所の所属から離れて芸能活動をすることを制約する効果を有し、さらには、本件契約の契約期間終了後の自由な移籍や独立を萎縮させる効果をも有するといえる。

 芸能事務所は、被告が本件芸名を用いないで芸能活動をすることは制約していないと主張するが、本件芸名に相応の顧客誘引力が認められる以上、本件芸名の使用を認めないことは、被告の芸能活動を制約することと変わらないといえる。そして、被告本人は、本件芸名を用いることができるか否かで、芸能活動の機会の多寡や出演料等の条件に差が生じている旨供述するところ、上述したとおり本件芸名に相応の顧客吸引力があることからすれば、当然の結果であるといえ、被告は、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分の存在により、現実的にも不利益を被っているといえる。したがって、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分によってもたらされる被告の不利益の程度は大きいといえる。
・さらに、上記③について検討すると、本件契約書において、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分による不利益を被告に課すことに対する(被告への)代償措置の定めはなく、本件契約以外で、芸能事務所と被告との間で代償措置に関する合意がされたことを認めるに足りる証拠もない。なお、芸能事務所は、(被告が活動を停止した)平成23年1月以降も、いわゆる印税に相当する金員を被告に支払っているが、その中に、芸能事務所が本件芸名に係るパブリシティ権を原始的に取得することに対する対価又は代償措置に相当すると認められるものは存在しない。
・以上で検討したことからすれば、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、芸能事務所による投下資本の回収という目的があることを考慮しても、適切な代償措置もなく、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであるというべきであるから、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になるというべきである。

 

(2)の条項に関して

・本件契約書10条は、本件契約の契約期間中はもとより、本件契約の終了後においても、被告による(芸能活動における)本件芸名の使用を芸能事務所の諾否にかからしめるものである。
・しかしながら、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分については無効であると認められるところ、本件芸名に係るパブリシティ権が被告に帰属し、本件契約が既に終了しているにもかかわらず、芸能事務所が本件契約書10条により、無期限に被告による本件芸名の使用の諾否の権限を持つというのは、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分の効力を実質的に認めることに他ならない。また、本件契約の終了後も、本件契約書10条による制約を被告に課すことに対する代償措置が講じられていることを認める足りる証拠もない。
・そうすると、本件契約書10条に、芸能事務所が被告の芸能人としての育成等のために投下した資本の回収機会を確保する上で必要なブランドコントロールの手段を芸能事務所に付与するという目的があるとしても、前述したとおり、そもそも、投下資本の回収は、基本的に、両者の間で適切に協議した上で、合理的な契約期間を設定して、その期間内に行われるべきものであって、上記の目的が、パブリシティ権の帰属主体でない芸能事務所に、被告に対する何の代償措置もないまま、本件契約の終了後も無期限に被告による本件芸名の使用についての諾否の権限を持たせることまでを正当化するものとはならない。
・したがって、本件契約書10条のうち少なくとも本件契約の終了後も無期限に芸能事務所に本件芸名の使用の諾否の権限を認めている部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして、無効であるというべきである。

 

 

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