判例時報2559号で紹介された裁判例です(大阪高裁令和2年6月17日判決)。

 

 

本件は,株式会社の常務取締役及び営業部長であった被告人両名が,共謀の上,国立大学法人大阪大学の教授であり,講座専任教授として,同大学と外部機関等との共同研究に関し,同大学の研究代表者として外部機関等と協議し,その受入れの可否を決した上,受け入れた研究を実施するなどの職務に従事していたAに対し,3回にわたり,会社との共同研究の受入れを決した上,同研究を実施し,その結果について情報を提供してくれたことなど,会社のため有利かつ便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたいとの趣旨の下に,Aが管理する会社名義の普通預金口座に,現金合計194万4000円を振込送金して起訴されたという贈賄事件です。

 

 

第一審が執行猶予付きの有罪判決としたのに対し,控訴審判決は,次のとおり説示して,前記金員の賄賂性を否定して,被告人を両名を無罪としました。

 

・一般に,賄賂とは,公務員の職務に対する不正な報酬であり,「不正」すなわち社会通念上受領することが許されない性質の報酬であることが必要と解されつつも,他方で,公務員がその職務の対価を受領することは原則として許容されないから,一般的には職務との対価性が認められれば,不正の利益に該当すると考えられているところである。
 本件に即していえば,例えば,本件技術指導契約に係る職務外の私的指導に何らの実体がなく,その対価である技術指導料も単なる名目にすぎないといった場合であれば,それは,専ら,本件共同研究の実施等に関する謝礼などとして,現金支払の名目いかんに関わらず,直ちにその賄賂性が肯定されることには問題がないものと思われる。
・しかし,本件技術指導契約がそのようなものでないことは,事実経過からみても明らかである。
 すなわち,本件会社は,RB1275のために独自の損傷制御式を構築し,これについて第三者機関による評定を取得するという高度の専門性ある課題のため,Aの専門知識に期待し,指導・助言を得ることを主たる目的として,Aが実質的に経営する乙研究所との間で,本件技術指導契約を締結し,同契約に基づいて,Aから一連の技術指導(具体的には,丙式解明のための勉強会のほか,RB1275を用いた素材実験の計画策定及び実行も含む。)を受けるとともに,これに対する対価として,月額10万円を基礎とする報酬を支払っていたのである。
・したがって,本件技術指導料は,一見明白に賄賂であると認定することはできないものである。

 

・民間企業の依頼を受け,その製品開発に関し,自らの専門的知識を活かして助言・指導するなどして協力することは,本来国立大学教授あるいは同講座専任教授の職務(学生の教授・その研究の指導及び自らの研究への従事並びに各種学内行政上の職務)のいずれにも属さないから,その労に報いるのに相当と認められる金額を報酬・対価として授受することは,大学内部における職務専念義務ないし兼業規制の問題が生じ得ることは別論として,賄賂の問題を直ちに生じないと考えられる。また,そのような大学教授の民間企業に対する助言・指導の内容が,教授の本来的な研究テーマの一部をなしていて,大学における研究の一環として行われるなど,何らかの形で職務との対価性を否定できないと考えられる場合であっても,そのことから直ちに賄賂性を認めるのは問題であろう。
・その理由は,大学教授の職務が調査研究という一般の公務員と異なる性質を有するからである。
 すなわち,そのような職務内容からすれば,原則として,民間から報酬を受け取って指導したとしても,本来の大学における研究や指導という公務について公正を害し,また公正に対する信頼を損なうことはないと考えられるし,また,現状において,産学連携の政策理念のもとに,技術開発・産業発展に貢献すべく,大学教授は,国公立と私立を問わず,民間企業と研究・開発をすることが多く行われているとみられる。国立大学等でも,大学教授の専門的知識を民間企業の研究開発・技術指導に振り向けることを,本務との関係で支障を生じない限り,広く容認しているといえ(後述・大阪大学教職員兼業規程),このことは,大学側にとっても,民間企業の資金を大学における研究の進展と教育の充実のために積極的に活用でき有益であるのである。そして,その産学連携の在り方も両者の合意により多様であり得る。

 

・このように考えると,実体のある職務外活動に関し適法な趣旨で供与された金員については,「公務員の職務に関し有利かつ便宜な取り計らいをしてくれたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたいとの趣旨」といった不正な報酬,すなわち賄賂と認定することには慎重でなければならない。単に対価性があるからというだけで,不正なものであることが推認される,ましてやみなされるといった認定は許されないものと考える。賄賂であることを認定するには,本来の意味に従い,報酬の不正さを基礎付ける事情が,対価性とは別に認められることが必要であると解される。

 

 

・不正な目的
 会社とAの間で,会社に有利になるように,正しい方法で行った場合の実験結果に反する,虚偽の結果を出すことを意図して実験を行い,これに対して報酬を支払ったというような,目的自体に不法性を認めるべき事情は一切認められない。
・経過
 事実経過を検討しても,不正な報酬を基礎付ける事情は認められない。本件の場合,本件実験を大阪大学との共同研究として実施することに利益があり,それをより強く望んだのは,会社よりもむしろ大阪大学の方である。会社としては,その企業課題に即していえば,Aの技術指導が得られればそれでよいのであり,実験を他大学との共同研究として実施し,そのデータを用いるということでもその目的を達する上で支障はなかった。このような状況下で,技術指導料がそれ自体として支払われた後,あるいはこれと並行して,本件実験の実施が大阪大学との共同研究として行われることが決まったといっても,それに伴って金額が変更されたわけでもない技術指導料の一部が,不正な報酬になるとみるべき説得的な理由ないし事情は見いだし難い。
・技術指導料の金額
 金額の相当性も,一つの事情となり得る。報酬金額が社会的相当性を欠いていると判断される場合,例えば,本件技術指導料の金額が,同契約本来の趣旨に照らして不釣り合いに過大であり,その過大な分については,職務外活動に対する正当な対価と考えることができない場合などである。
 この点,本件にあっては,検察官から,技術指導料の額が契約の本旨(丙式の解明,これと同等以上の独自の損傷制御式の構築,その他甲の製品開発全般に対する助言指導)に照らして過大であるとの主張・立証はなく,原判決もそのような検討をしていない。
 しかし,技術指導の中心であった勉強会・RB研究会は,月1回弱の頻度で東京ないし大阪で開かれており,その内容も,宿題をもとに高度に専門的な事項について議論が積み重ねられていた様子が,残されている議事録や出席者のノートなどからうかがわれ,それらに鑑みれば,月額10万円を基礎に算定された技術指導料の額が常識的に見て直ちに高額に過ぎると断じることはできない。むしろ,そもそもその金額が,c大学D教授との間で同種の技術指導契約を締結していた際の先例が参照され,これと同額に決められた経緯があることにも鑑みれば,その額が適正な範囲を出るものでないことは明らかというべきである。
 なお,この点に関連して,原判決は,技術指導料が指導の回数・内容に関わらない,定額で支払うこと自体にも意味を見いだし得るものであることから,技術指導料を支払う趣旨には,「共同研究実施に対する謝礼」のみならず,「共同研究の受入れを決したことについての謝礼」や「今後も同様の取り計らいを受けたい」との趣旨も含まれると認められるなどと説示しているが,疑問である。結論からいえば,技術指導に相応の実体があると認められる以上,原判決のような立論に根拠がないのは,所論が指摘するとおりである。中心的な課題である丙式の解明等以外にも,会社の製品開発全般についての指導が依頼されてもいたことを踏まえれば,本件技術指導契約は一種の技術コンサルタント契約と考えられ,その金額が定額であることはむしろ自然なことであり,その点が賄賂性を基礎付けるものと評価するのは誤りである。