判例タイムズ506号で紹介された最高裁決定です(最高裁令和4年11月30日決定)。

 

 

子の引き渡しを命じる裁判が確定した場合,強制執行の手続は粛々と進められるべきであり,それが妥当ではないという場合には,あくまでも,強制執行の元となっている裁判を変更するように求めるべきというのが原則的な考え方ですが,それでも,例外的に,強制執行の手続において,その申立てが権利濫用に該当するとして却下するという判断をしたという事例も存在します。

 

 

子の引き渡しを命じる審判を債務名義とする間接強制の申立てが権利の濫用にあたるとされた事例 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

相手方が間接強制により面会交流させる義務の履行を求めることは過酷執行に当たるとした事例 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

面会交流の不履行につきなされた間接強制に基づく強制執行が権利の濫用にあたるとされた事例 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

 

本件は,次のような経緯において,子の引渡しの強制執行の申立が権利濫用に当たるとした原審の判断に対して,最高裁がこれを否定したという事例になります。

 

 

⑴ 本件夫婦は、平成24年に婚姻し、平成25年2月に長男を、平成27年10月に二男をもうけた。
⑵ 夫は、令和2年8月,子どもたちを連れて転居し、妻と別居した。
⑶ 家庭裁判所は、令和2年12月、妻の申立てに基づき、本件子らの監護者を妻と指定し、夫に対して子どもたちを妻に引き渡すよう命ずる審判をし,確定した。
⑷ 妻は、令和3年4月、子どもたちの引渡しを受けるため、夫宅に赴き、二男についてはその引渡しを受けた。他方、長男については、夫及び妻からの約2時間にわたる説得に応ずることなく、妻の下に行くと夫と会えなくなると述べたり、長男を抱えようとした妻を強く押しのけたりするなどして、妻に引き渡されることを強く拒絶したため、妻は、その引渡しを受けることができなかった。

⑸ その後、夫は、妻に対し、長男が妻を怖がっていることから長男の引渡しについて具体的な提案をすることができないとした上で、長男と二男を面会させる機会を設けることを提案した。妻は、これに応ずることとし、夫との間で、令和3年5月に長男と二男を面会させることを合意した。
 夫は、同日、長男を連れて上記の面会の待ち合わせ場所に赴いた。長男は、妻が上記待ち合わせ場所に来ることを知らされていなかったため、妻の姿を見て強く反発し、妻のことは全部嫌だなどと述べ、妻に抱かれることを拒否し、泣きながら夫に対して夫宅に帰ることを強く求めるなどした。
⑹ 妻は、令和3年6月、本件申立てをした。
 原々審は、夫に対し、長男を妻に引き渡すよう命ずるとともに、これを履行しないときは1日につき2万円の割合による金員を夫に支払うよう命ずる決定(原々決定)をした。
 夫は、同月、原々決定に対し執行抗告をした。

 

 

最高裁は,次のとおり説示しています。

長男が妻に引き渡されることを拒絶する意思を表明したことは、直ちに本件申立てに基づいて間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではなく、本件において、ほかにこれを妨げる理由となる事情は見当たらない。原審は、上記意思が現在における長男の真意であると認められ、長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられる夫の行為を具体的に想定することが困難であるとして、本件申立てが権利の濫用に当たるというが、本件審判の確定から約2か月の間に2回にわたり長男が妻に引き渡されることを拒絶する言動をしたにとどまる本件の事実関係の下においては、そのようにいうことはできない。

 

 

また,宇賀克也判事の補足意見が次のとおり示されています(要旨)。

夫には、長男の妻への引渡しに協力する姿勢が見られるものの、長男の妻に対する強固な忌避感情を取り除く努力が十分であったとまではいえないと思われる。そして、かかる努力を行っても、長男の妻に対する強い忌避感情を和らげることが期待できないと判断したときは、夫は、長男の監護者の変更の申立てを行うことや間接強制決定自体を債務名義とする執行力の排除を求めて請求異議の訴えを提起することができる。したがって、本件で直ちに間接強制決定が権利の濫用に当たるということには躊躇せざるを得ず、今後、上記のような努力がされることが望まれるところである。