判例タイムズ1505号で紹介された裁判例です(大阪地裁令4年12月5日判決)。

 

 

本件は,ざっくりいうと,被告会社から雇用され,マンションの管理人をしていた原告が,新型コロナウィルスの緊急事態宣言中などにマスクをせずに業務をしていたことからマンションの住人から苦情が寄せられるなどしたため,最終的に解雇とされたため紛争となったというものです。

 

 

争点の一つは,マスク着用の指示に従わなかったなどの理由による被告会社による解雇の有効性です。

解雇には労働者が能力不足や就業規則違反を理由とする普通解雇(債務不履行による契約解除),懲戒解雇(懲戒権の行使としての解雇),整理解雇(会社の業績を理由とするもので労働者に非がないもの)がありますが,本件の被告会社による解雇は,マスクの着用という業務上の指示に従わなかったことを理由の一つとする普通解雇でした。

 

 

判決では,次のように説示して,原告が、本件マンションの管理員として職務を遂行する際に、使用者である被告からの業務上の指示に従っていなかったことについては認めました。

 

 被告の業務はマンションの管理等であるところ、新型コロナウイルス禍においては、被告が管理するマンションの住民に不安を与えないようにすることが業務の遂行において必要であるといえ、被告が従業員に対して、感染防止対策の徹底を求める通知を繰り返し発出し、マスク着用等の徹底を求めていることも、その表れであるといえる。そうすると、被告の従業員としては、使用者である被告の指示に従って、業務を遂行する際には、新型コロナウイルス感染防止対策を徹底しながら職務を遂行する義務を負っていたことになる。ところが、本件マンションの住民から、原告に関して、「マンション内や通勤途中でお見かけした時は、マスクをされていません」、「いつお見かけしても、マスクをされていない」との連絡がなされているところ、その文言に照らせば、同住民は、原告がマスクを着用しないことが常態化していると認識していたこと、原告の主張・供述を前提としても休暇を取得していた令和3年5月6日に本件マンションの管理事務所を訪問した際もマスクを着用していなかったこと、管理事務所でマスクを外しており、着け忘れた状態で管理事務所の外に出たこともあること、通勤途中にたばこを吸うためにマスクを外していたこともあることなどからすれば、原告は、本件マンションで管理員として業務を遂行する際や、通勤の際に、日常的にマスクを着用していなかったことがうかがわれる。


 しかし、業務上の指示従わなかったという就業規則違反の解雇理由があるとしても,その解雇が社会通念上相当であることが必要です(労働契約法16条)。

 

労働契約法

(解雇)

第16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 

この点に関し,判決は,次の通り説示して,原告を解雇することが社会通念上相当であるとまではいうことができないとしています。

 

 

原告が過去にも被告から同様の行為について注意を受けていたというような事情はうかがわれないこと、潜在的には苦情の連絡をした住民以外にもマスクを着用しない原告について不快感や不安感を抱いた本件マンションの住民がいたことがうかがわれるものの、現実に被告に寄せられた苦情は1件にとどまっていること、原告の行為が原因となって、本件マンションの管理に係る契約が解約されるというような事態は生じていないこと、B課長も原告に対してマスク未着用に関する注意をしていないことを認めており、ほかに、被告が原告に対してマスク未着用に関する注意をしたことを認めるに足りる証拠もないこと、原告が新型コロナウイルスに感染したことで、本件マンションの住民あるいは被告内部において、いわゆるクラスターが発生したというような事態もうかがわれないことなどからすれば、新型コロナウイルス対策の不履行に関する一連の原告の行動が規律違反(パートタイマー就業規程45条2号)に当たるとはいえるものの、同事情をもって、原告を解雇することが社会通念上相当であるとまではいうことができない。