判例タイムズ1504号などで紹介された裁判例です(札幌地裁令和4年3月25日判決)。
本件は報道もされましたが、安倍首相(当時)が選挙の応援演説している際に、街頭演説に対して路上等から「安倍辞めろ」、「増税反対」などと声を上げたところ、北海道警察の警察官らに肩や腕などをつかまれて移動させられたり、長時間にわたって付きまとわれたりしたとして、道警を管理する北海道に対して損害賠償請求したというものです。
法律的には、警職法の「生命若しくは身体」に危険を及ぼすおそれのある「危険な事態」にあったか(警察官職務執行法4条1項)、「犯罪がまさに行われようと」していたか(同法5条)といったことが争点となりました。
警察官職務執行法
(避難等の措置)
第4条1項 警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虞のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる。
(犯罪の予防及び制止)
第5条 警察官は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防のため関係者に必要な警告を発し、又、もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があつて、急を要する場合においては、その行為を制止することができる。
裁判所は、証拠関係の検討を具体的に行なった上で、警察官の証言内容は、客観証拠とにわかに整合せず、また不自然な点が見受けられるとして(北海道側は、原告が危害を加えられる恐れがあったとして原告を保護するための措置であったと主張しましたが、もしA警察官及びその他の警察官らにおいて、周囲の聴衆が原告1に危害を加えるおそれを感じ、もって警職法4条1項の要件が充足されていると判断したのであれば、端的にそのような聴衆に警告したり、聴衆と原告1との間に割って入ったりするだけで足りるようにうかがわれる。しかるに警察官らは、そのようなことをせず、むしろ被害者であるはずの原告1の肩や腕をつかみ、地点2と地点3の中間付近まで強制的に移動させたものであって、移動後に原告1を気遣ったり、原告1と聴衆との間の具体的なトラブルの有無を確認したりもしていないし、原告1を拳で押したとする人物を特定することすらしていない、と指摘されてたいます。)、
「結局のところ、動画(甲3)を見る限りは、聴衆の大多数が演説に耳を傾けていたところ(被告もこの点は自認している。被告第4準備書面〔3頁〕)、原告1が1人で「安倍辞めろ」などと声を上げ始めたというにすぎず、そこからわずか数秒程度で警察官らが動き出し、10秒程度で原告1の肩や腕をつかみ始めたのであって、原告1の左上腕付近を誰かが手のひらで押していたこと(乙62)を考慮に入れても、「人の生命若しくは身体」に危険を及ぼすおそれのある「危険な事態」があり、「特に急を要する」場合にあったようには、およそうかがわれないところであり、他に被告の主張する事実を認めるに足りる的確な証拠もない以上、本件行為が警職法4条1項の要件を充足するものということはできないのであって、この点についての被告の主張は理由がない。」
として、被告(北海道)の主張を退けています。
また、警職法5条に関しても、被告がその主張の根拠とするのは、①聴衆の中から「お前が帰れ」、「うるさい」などの怒号が上がっており、原告1をにらみつける者もいて、聴衆と原告1との間でトラブルが起きる危険性を感じた、②原告1は非常に興奮したような状態であり、聴衆に危害を加える可能性もあった、③聴衆の中から拳の状態で腕が伸びて、原告1の左上腕付近を押し、その後再び原告1の左上腕付近を押した旨のA警察官の証言であるところ、上記(1)において認定判断したとおり、A警察官の上記証言は、いずれも採用することができないとして、そもそもそのような事実が認定できないとして退けています。