判例タイムズ1504号などで紹介された最高裁の決定です(最高裁令和4年2月25日決定)。
本件は、証券会社に勤務していた被告人が、企業間の株式の公開買い付け情報を知り、知人に対して当該株式の取得をするように伝えたというインサイダー取引に係る刑事事件ですが、本件において、被告人は、本件公開買い付けを担当する部署に所属はしていたものの、担当ではなく、ジュニア(上司の指示を受けて業務に従事する下位の実務担当者)と呼ばれる地位にあったことから、金融商品取引法167条1項6号にいう「その者の職務に関し知ったとき」に当たるのかが争点の一つになりました。
この点について、被告人は,当該部署のジュニアであり,本件公開買付けに係る案件の担当ではなかったが,担当者であったBと同じ室内で執務しており,電話で通話中のBの発言を聞き取ることができました。
当該部署に所属する従業者は,担当案件の公表前情報が担当外の従業者に知られないようにするため,発言に注意し,案件名等については社名が特定されないような呼称を用いることとされており,本件公開買付けに係る案件は「Infinity」と呼ばれていたものの、当該部署では,上司がジュニアの繁忙状況を把握できるようにするため,ジュニアは,担当業務の概要を部署の共有フォルダ内の一覧表の各自の欄に記入することとされており,部署に所属する従業者であれば本件一覧表にアクセスできたことから、被告人は,平成28年7月27日までに,本件一覧表のBの欄を閲覧し,BがInfinity案件を担当しており,同案件は,A自分の勤め先の証券会社とファイナンシャルアドバイザリー契約を締結している上場会社が,その上場子会社の株券の公開買付けを行い,完全子会社にする案件であるという事実を知り、さらに、同月27日,自席において,Bが,その席で電話により上司との間でInfinity案件に関する通話をする中で,不注意から顧客の社名として「C」と口にするのを聞き,Infinity案件の公開買付者がC社であるという事実を知ったということです。また、その後,被告人は,インターネットで検索してC社の有価証券報告書を閲覧し,関係会社の中で上場子会社はD社のみであることを確認し,本件公開買付けの対象となるのはD社の株券であるという事実を知りました。
このようなインサイダー情報の入手経路を前提として、最高裁は、当該部署に所属する証券会社の従業者であった被告人は,その立場の者がアクセスできる本件一覧表に社名が特定されないように記入された情報と,部署の担当業務に関するBの不注意による発言を組み合わせることにより,C社の業務執行を決定する機関がその上場子会社の株券の公開買付けを行うことについての決定をしたことまで知った上,C社の有価証券報告書を閲覧して上記子会社はD社であると特定し,本件公開買付けの実施に関する事実を知るに至ったものである。このような事実関係の下では,自らの調査により上記子会社を特定したとしても,証券市場の公正性,健全性に対する一般投資家の信頼を確保するという金融商品取引法の目的に照らし,被告人において本件公開買付けの実施に関する事実を知ったことが同法167条1項6号にいう「その者の職務に関し知つたとき」に当たるのは明らかであると指摘しています。