判例タイムズ1504号で紹介された事例です(東京高裁令和4年1月24日決定)。

 

 

本件は、保釈された後実刑判決が確定したが、収監のための検察庁からの要請に応じずそのまま所在不明となった者について、原審が刑訴法96条3項に基づき保釈保証金を没取したものの、全部(250万円)ではなく一部(180万円)に留めたため、検察官が異議の申し立てをしたという事案です。

 

 

刑事訴訟法

第96条

③ 保釈された者が、刑の言渡を受けその判決が確定した後、執行のため呼出を受け正当な理由がなく出頭しないとき、又は逃亡したときは、検察官の請求により、決定で保証金の全部又は一部を没取しなければならない。

 

原審が一部没取とした理由として、

①本件保釈保証金は,控訴審弁護人が納付者となった分を含め,いずれも被請求人の両親が拠出したものであり,被請求人の両親は高齢であり,無職の年金生活者であること

②被請求人が逃亡するにつき,両親に責めに帰すべき事由はうかがわれないこと

③被請求人の両親は,保釈保証金が返還された場合はこれを被請求人の更生に活用したいとの意向を有しており、保釈保証金を全額没取することはいささか酷であるとも考えられること

④確定判決の刑期が懲役8月にとどまること

⑤被請求人が自分から出頭した結果ではないとはいえ,現段階では刑の執行が開始されていること

などを指摘していました。

 

 

しかし、高裁においては、次の通り詳細に説示の上、原審が、没取金額の決定に当たり,減額する方向で考慮すべきではない事情を考慮するなどして,保釈保証金を一部没取する判断をしており,一部没取が相当な理由が示されているとはいえないから,破棄を免れないとしました。

①について、法は,保釈保証金額は,保釈される者(被告人)の逃亡等を防止し,出頭を担保するに足りる金額でなければならないとしており,保証金没取の制裁予告による心理的威嚇が,個別の事件において定められた保証金の金額によって基礎付けられることを前提としている。また,保釈保証金の実質的納付者の年齢,収入等は,保釈後の逃亡等に関係する事情ではないから,現に生じた没取事由に対する評価のために考慮することが求められるわけでもない。そうすると,逃亡等を防止するために必要な金額として保釈保証金が定められたにもかかわらず,逃亡等が生じた段階において,保釈保証金の実質的納付者の年齢,収入等を事後的に考慮して没取金額を減ずることは,保釈保証金の没取を予告することによる威嚇力を合理的な理由なく弱める運用になりかねず,個別に制裁を予告することで逃亡等の防止を図った制度趣旨からして相当でないというべきである。なお,保釈される者や保釈保証金の実質的納付者の資力は,保釈保証金が逃亡等を防止するのに必要かつ十分なものかという観点から,多くの事例において保釈保証金額算定の考慮事情の一つとされているものであって,逃亡等が生じた後の制裁判断(没取金額の算定)においてこのような事情を考慮することは,保釈保証金額の算定の在り方や保釈保証金額の意味を不明確にするおそれもある。これらによれば,原決定が,上記両親の年齢,収入等を没取金額を減額する方向で考慮したことは相当といえない。
②について,保釈保証金の没取は,逃亡等を防止するため,没取事由が生じたこと自体に対する制裁として設けられているものであって,保釈された者の逃亡等はその親族等が相応の注意を払っていても生じ得るものであることからすると,現に逃亡等の没取事由が生じた場合において,当該事由に関する保釈保証金納付者の帰責事由の有無・程度を,没取金額を減額する方向で考慮することは基本的に相当でないというべきである。なお,被請求人が逃亡したことに関して,制裁を減ずることが相当とされるような特段の事情が保釈保証金納付者にあるかという観点から検討しても,本件において,被請求人の両親は,保釈時に身元引受人となって被請求人を自宅に居住させ,従前,被請求人が検察庁や裁判所に出頭するときは車で送迎していたにもかかわらず,刑の執行のために被請求人が呼び出された際には,被請求人と同行せずに自宅から送り出しており,制裁を減ずるべき特段の事情も認められない。これらによれば,本件において,原決定が,上記両親に帰責事由がうかがわれないことを,没取金額を減額する方向で考慮したことも相当とはいえない。
③について、保釈保証金の一部が返還された場合の使途についての保証金納付者の意向を考慮しているが,逃亡したことやそれに対する制裁と関係のない,このような事情を没取金額の算定に当たって考慮することも相当ではない。

④について、確定判決の刑期を原決定が考慮した点についても,もとより予想される刑は,第1審における保釈の判断時から保証金算定の重要な要素である上,第1審判決の刑期は,実刑判決後の保釈保証金額を算定するに当たって当然に考慮されるべき事情であるから,没取金額の算定に当たって改めて上記刑期の長短を考慮することは相当でない(なお,上訴審における減刑等,保釈決定後の事情変更があったわけでもない。)。
⑤について、判決確定後の逃亡事案における保釈保証金の没取金額を検討する場合において,逃亡後の事情ないしは没取請求後の事情を考慮すること自体が一般的に不当とはいえないが,本件において,検察官は,被請求人が収容前に「逃亡したこと」を理由に本件保釈保証金の全額没取を請求しており,その時点で具体的な収容の見込みもなかったこと,被請求人はその後も逃亡を続け,結局,刑の執行のために呼出しを受けた日から約3か月半にわたって刑の執行ができなかったこと,刑訴法96条3項による制裁が一般予防的な趣旨も含むことも考慮すると,本件において最終的に刑の執行が開始されるに至ったからといって,その事実のみで没取金額を減ずる方向で考慮すべき事情に当たるとは考え難い。保釈制度の趣旨を踏まえて保証金没取による制裁の在り方を考えると,例えば,保釈中に逃亡した者がその後に翻意して任意に検察庁に出頭したり,保釈保証金の納付者が保釈中に逃亡した者を自ら探索してその収容の実現に寄与した場合など,保釈中の者や保証金納付者が刑の執行の確保に積極的に貢献したと評価できるような事情があれば,没取金額を減ずる方向の事情として考慮すべきこともあると考えられるが,本件でそのような事情があったことは原審の記録上うかがわれない。

 

 

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