実践成年後見102号などで紹介された事例です(福岡高裁宮崎支部令和4年11月9日判決)。
本件は,実弟から身体的,経済的な虐待を受けていた原告(重度の知的障害あり)に対する行政の関りの在り方が問われた事案です。
経緯としては、原告は母親と一緒に暮らしていましたが、刑務所を出た実弟と同居するようになってから、暴力を振るわれたりする身体的虐待や貯金を払い戻されたりするなどの経済的虐待を受けるようになったため、行政が虐待事案として対応することになりました。
原告からの相談があり,原告の母親とその弟が生活保護の申請に訪れた際(弟自身はすでに生活保護を受けており、原告と母親の生活保護の申請のため)、弟が原告や母親に暴力を振るっていることや原告や母親のお金を卸して使っていることなどが相談されたのが平成25年4月頃のことでしたが,ケース会議は開かれるものの,特に具体的な対応までは取られなかったようです。
事態が動いたのが,平成29年1月に,弟が,母親を連れて福祉事務所を訪ねて,母親に原告を世帯員として生活保護を申請したいとの相談したことで,その際,弟は,原告に暴力を振るっていることや原告らの預貯金を使っていることなどを話したようです。ちなみに弟自身は既に自ら生活保護を受けており,今回の申請も,母親や原告に支給される生活保護費を巻き上げようとしていたということは察しが付くところです。
このことから,生活保護係と障碍者福祉係の連携が始まりましたが,両者の考え方が食い違っていきます。なお,生活保護の申請があったことから,金融機関に照会をかけたところ,原告名義の預貯金が存在することが判明しました。そのうちの一つが弟も把握していなかったもので,このことを行政が弟に伝えたことの是非が本件の争点の一つです。なお,弟は,「自分も詳しく知らない預金があるようなので教えてほしい」と事前に行政に伝えていました。
・生活保護を担当する保護係の考え方・・・暴力を振るう弟を何とかなだめすかして穏便にことを終わらせたい。具体的には,原告と母親を弟から分離してしまうと,弟が騒いで何をするか分からないので,分離はせずに,原告名義の預金があるから生活保護は受けられないと説明して終わりにしたい。担当係長の発言として「定期預金の一つでもエサにして与えてやればしばらくおとなしくなるからその間に施設入所や成年後見の申立てでもできる」。
会議ではこのような生活保護係の考え方に沿って進められることが一度は決まりかけたものの,障害福祉の担当係長がそれはおかしいといったことから流れが変わり,まずは分離するという方針が決められます。
・障害福祉係の考え方・・・まずは原告と母親の保護を優先すべき。財産を守る方向で考えるべき。
しかし,分離先行で決められたものの,その後,生活保護係から,
・生活保護担当の職員や家族の身の安全のリスクが高すぎる
・警察に相談したが対応が期待できない,警察が介入したとしても効果が期待できない
という意見があり,結局,分離はさせずに,弟に対して生活保護却下通知を行うという方針に切り替わってしまいました。
そして,先ほどの生活保護係長の発言のとおり,弟が把握していなかった本件預金の存在も弟に伝えた上で,「これを使ったら弟の生活保護も廃止になる」という警告はしたものの,生活保護係の意図としては,「定期預金の存在を教えてやったのだからこらえてくれ」というものであったものと思われます。なお,原告に対し預金の存在を弟に対して伝えることは事前に説明されませんでした。
一審判決は原告の請求を棄却しましたが,控訴審判決においては,行政が弟に対し預金の存在を知らせたことについて違法であるとして,知らせた翌日にはおろされてしまった預金全額について損害として賠償を命じています。
生活保護係の対応が悪かったということは勿論ですが,虐待相談を受けていながらその後対応していなかった障害者福祉係,「ことが起こらないと動けない」という対応だった警察など,虐待対応における行政の連携という点においていろいろと考えさせられる事例ではあります。
ただ,スタンダードに考えれば,身体的暴力がある以上は,虐待者からとにかく分離をして,また,それと共に現存する預金はおろすなどして確保し,並行して成年後見の申立てを行うなど,身体的,経済的虐待から保護するというのが普通の対応であろうと思います。