判例時報2528号で紹介された裁判例です(東京地裁令和3年9月28日判決)。
被相続人の生前また死後に相続人の一人が不法に引き出し,他の相続人が不当利得として返還請求するというのはよくある紛争事案です。
本件では親の預金についてそのような引き出しがあり,子2人が,それぞれ原告と被告となったというものです。
分かりやすくするため実際に争われた金額ではありませんが,例えば,生前に親の預金から1000万円の無断引き出しがあった場合,その時点では生きていた被相続人が1000万円の不当利得返還請求権(又は不法行為に基づく損害賠償請求権)を取得し,これを相続人が相続しますが,相続人が子が2人であった場合,遺言がなければ,それぞれ法定相続分である分のに相当する500万円づつ相続することになるため,原告の子は自ら相続した500万円分の請求権に基づいて請求することになります。
多くの訴訟はこのような構成で争われています。
本件の特殊性は,本件原告は既に前記の訴訟を提起し勝訴し,先ほどの例でいえば500万円の認容判決を得て支払いも受けていたのですがさらに請求をしたというのが本件です。
その理屈は,本件原告が相続したは「法定相続分」ではなく「具体的相続分」であるというものです。
具体的相続分というのは,特別受益や寄与分などの計算を経て具体的に定まる相続分のことです。
例えば,遺産が1000万円の預金であった場合,法定相続分は500万円づつですが(子2人が相続人の場合),一方の子に特別受益が500万円あったとすると,この分も遺産として計算上は加えて1500万円として,法定相続分で割るとそれぞれ750万円づつとなり,特別受益を受けた子については500万円をマイナスした250万円,もう一方の子は750万円が,遺産である1000万円から受け取る「具体的相続分」ということになります。
本件でも,原告は,被告には特別受益があり,その事も反映した具体的相続分に基づいて計算すると先の勝訴判決で支払われた金額では不足するとしてさらなる支払いを求めたものです。先ほどの例でいえば500万円が支払われただけでは足りず,250万円を追加で請求したということになります(なお,本件訴訟では,実際には被告の具体的相続分はゼロであると主張がされていました。)。
裁判所は,
・具体的相続分を算出するには,特別受益や寄与分の算出が必要となるところ,特に,寄与分に関しては,寄与の時期,方法及び程度,相続財産の額その他一切の事情を考慮して家庭裁判所において定められるべきもので,これを離れて家庭裁判所の手続外でこれを定めることはほとんど不可能である。また,特別受益についても,特別受益となりえる贈与の有無やその額は事実上,相続開始時点では不明であるというほかない。さらにいえば,特別受益,寄与分のいずれについても,遺産分割の場面において,相続人間の公平を図るために考慮されるものであり,遺産分割手続の際に,それらの申立て又は主張がない場合には考慮されないのであるから,これらの考慮の結果としての具体的相続分を相続開始時に何らかの方法で特定,算出することは困難である。以上によれば,相続開始の時点で具体的相続分を具体的に,かつ正確に把握することはほとんど不可能に近いというほかない。
・これに対し,法定相続分又は指定相続分は,相続開始時点でも相当程度明確に定まっているといえる。
と述べて,
・以上を踏まえると,最高裁昭和29年小法廷判決が,可分債権は,その相続分に応じて,相続開始と同時に当然に分割されるとしつつ,その相続分については,相続開始時点では定まっていないか,少なくともこれを具体的に把握することがほとんど不可能に近く,また,遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合にすぎず,実体法上の権利関係とはいえない具体的相続分を指しているとは解し難い。
・原告の主張するような解釈を採ると,相続開始と同時に分割されたはずの金銭債権の相続割合は,結局のところ,遺産分割時点まで明確に定まらないこととなり,被相続人の有していた可分債権に当たる金銭債権の行使は,遺産分割が終了するまでの間,事実上困難なものとなりかねないし,当然に分割されたことで遺産分割の対象とはならないはずの可分債権が,実質的には遺産分割の対象とされる結果になりかねず(当然分割された可分債権は原則として遺産分割の対象とはならず,共同相続人間の合意がある場合に限り遺産分割の対象としてと取り扱われるとするのが,当時の遺産分割手続における実務の一般的運用である),このような事態は,昭和29年小法廷判決が,可分債権を当然に分割されるものとしたことと整合しない結果になることは明らかである。
として,原告の主張を否定しており,被告が生前に引き出した分については既に前訴訟判決に基づき支払済みであると判断しています。
死後に出金された分については,遺産からの引き出しということになり,この分についても,本件原告は被告の具体的相続分はゼロであるからすべて返還せよと求めましたが,判決では,本件口座は,原告と被告において,各2分の1の潜在的な持分割合による準共有状態にあったものと解されるのであり,その2分の1に相当する金額については,原告に対する準共有持分権の侵害となり,不当利得を構成し得るものであるとして2分の1の限度で原告の請求を認めています。