判例時報2510号で紹介された裁判例です(名古屋高裁令和3年2月12日判決)。

 

 

本件は報道もされましたが、平成30年の年の瀬、片側三車線の道路の第三車線(法定速度時速60km)を時速約146㎞で自動車を運転し、左側から横断しようと進行してきたタクシーに衝突し、運転手と乗客4名が死亡し、1名に重傷を負わせたという事案で、被告人が危険運転致死傷罪が成立するかが争点となってものです。

 

 

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律

(危険運転致死傷)

第2条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。

 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為

 

危険運転致傷罪が規定する類型の一つである「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」(進行制御困難高速度運転)について、どの程度の高速であればこれに当たるのかについて、車両が法定速度を大幅に超過する高速度で走行していたというだけでは,障害物がない状態で直進走行している限り「物理的な意味での制御困難性」は生じないという観点から、実務上、車両速度,車両の構造・性能,道路の状況(道路の形状,路面の状況等)等の「道路の状況」という要素を考慮して判断すべきものとされ、このうち、本件では左側からタクシーが横断しようとしてきたという状況を考慮した場合、時速約146㎞という速度では進行を抑制して制御し、タクシーを回避したりすることは困難であるといえるのではないかが問題となりました。

 

 

第一審判決は、これを肯定した上で、故意があったとまではいえないとして過失運転致死傷罪の成立に留めたのに対し、控訴審判決においては、危険運転致死傷罪が成立せず、過失運転致死傷罪が成立するという結論としては妥当としつつ、「道路の状況」という要素に他の走行車両の状況を考慮することは妥当ではないとして、この点から危険運転致死傷罪の成立を否定しています。

理由として、立法過程において、道路に静止している駐車車両については「道路の状況」の要素として考慮すべきであるというやり取りがされていたものの、静止している駐車車両と走行している車両とは区別すべきであるとし、走行車両は文字通り走行状態すなわち可動状態に置かれており,その移動方向や移動速度は不確定かつ流動的であって、自車周辺に存在する走行車両は様々な可能性により自車の進路の障害となり得るのであり,こうした走行車両との接触や衝突を避けるための進路も不確定かつ流動的にならざるを得ず、このような事前予測が困難な不確定かつ流動的な要素を抱える他の走行車両の存在を進行制御困難性の判断要素に含めるということは,類型的,客観的であるべき進行制御困難性判断にそぐわないといわざるを得ず,罪刑法定主義の要請である明確性の原則からみても相当ではないとしています。