判例タイムズ1492号で紹介された裁判例です(東京高裁令和3年3月24日判決)。
裁判所が検察官が起訴した公訴事実とは異なる心証を抱いた場合に,そのままの公訴事実であっても,両者間に公訴事実の同一性が認めらる場合には訴因変更を要せずして犯罪事実として認定することができます(殺人の訴因に対し殺意を否定して傷害致死を認定するなど)。
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しかし,両者間に公訴事実の同一性を欠く場合には,検察官による訴因変更が必要であり,裁判所は,訴因等の変更を命じることが出来るとされています(刑訴法312条2項)。もっとも,この命令に形成力は無く,検察官が訴因変更しない限りは,裁判所はその訴因についてのみ判断しなければなりません。
実務上,いきなり訴因変更命令をするということは無く,裁判所が検察官に対し,訴因変更の促しをすることが通常で(釈明権の行使),本件はそのような釈明権の行使が行きすぎではなかったかどうかが問題とされた事例です。
刑事訴訟法
第312条② 裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる。
本件は,検察官が過失による自動車運転(過失運転致傷罪)して起訴したのに対し(被告人,弁護人とも争いなし),裁判所は,故意に事故を起こしたのではないかという心証を抱いたようで,検察官に対し,そのような訴因への変更も検討したらどうかと促しをした上で(釈明権の行使),検察官がこれに応じて傷害の訴因を予備的に追加請求し,判決では予備的訴因を認めて被告人が故意に事故を起こしたという傷害罪を認めたというものです。
そもそも,重い方の罪(傷害)が認められなかった場合に備えて,予備的にせめて軽い方の罪(過失運転)を認めてもらうというのであれば分かりますが,本件ではあべこべなわけで,この点から見てもおかしいところです。
高裁判決では,このような釈明権の行使は違法であるとし,検察官は,収集された証拠から認められる事故の態様,道路状況,被告人の運転状況,それらによって推認される被告人の主観面,結果の重大性その他の具体的な事情を総合的に検討し,立証の難易や被告人に科されるべき刑罰の重さなども勘案し,過失運転致傷罪,危険運転致傷罪あるいは傷害罪等の,当該事案に最も適切と考えられる訴因を構成するものと考えられる。これに対し,裁判所の役割は,公訴事実に示された訴因について審判することであるから,検察官の構成した訴因が過失運転致傷罪である限り,被告人の運転行為について,訴因として特定された過失が認められるかどうかを審理,判断すべきであり,その運転行為が被害者に対する暴行や傷害の故意に基づくものではないかなどと検討する必要はない。そして,原審裁判長がしたように,本件公訴事実について,検察官に対し,故意に本件事故を起こしたとの認定に至った場合に備え,傷害罪(あるいは傷害罪及び器物損壊罪)の訴因に変更するように促すのは,刑訴法312条2項の予定する範囲を超え,同法の定める当事者主義の原則に反するものであるとしています。