判例タイムズ1489号などで紹介された最高裁判例です(最高裁令和3年6月15日判決)。

 

 

本件は,東京拘置所に未決拘禁者として収容されていた被収容者が,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律に基づき,東京矯正管区長に対し,収容中に上告人が受けた診療に関する診療録に記録されている保有個人情報の開示を請求したところ,同法45条1項所定の保有個人情報に当たり,開示請求の対象から除外されているとして,その全部を開示しない旨の決定(以下「本件決定」という。)を受けたことから,その取消しなどを求めたという事案です。

 

 

行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律

(開示請求権)

第12条1項 何人も、この法律の定めるところにより、行政機関の長に対し、当該行政機関の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる。

 

(適用除外等)
第45条1項
 第四章の規定は、刑事事件若しくは少年の保護事件に係る裁判、検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分、刑若しくは保護処分の執行、更生緊急保護又は恩赦に係る保有個人情報(当該裁判、処分若しくは執行を受けた者、更生緊急保護の申出をした者又は恩赦の上申があった者に係るものに限る。)については、適用しない。

 

原審(高裁)は,被収容者に対する処遇は,刑事事件に係る裁判の内容を実現するために必然的に付随する作用であり,これに係る保有個人情報が開示請求の対象となると,第三者による前科等の審査に用いられ,当該情報の本人の社会復帰を妨げるなどの弊害が生ずるおそれがある。そうすると,上記保有個人情報については,行政機関個人情報保護法45条1項所定の刑事事件に係る裁判に係る保有個人情報に当たると解すべきとしましたが,最高裁は否定しています。

 

 

その理由として,本法が制定される以前の旧法(行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律)においては,何人も,個人情報ファイルを保有する行政機関の長に対し,自己を本人とする処理情報(個人情報ファイルに記録されている個人情報をいう。以下同じ。)の開示を請求することができる旨を規定しつつ(13条1項本文),刑事事件に係る裁判若しくは検察官,検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分又は刑の執行に関する事項(刑事裁判等関係事項)を記録する個人情報ファイルについてはこの限りでない旨を規定していた(同項ただし書)ところ,これは,刑事裁判等関係事項に係る個人情報には個人の前科,収容歴等の情報が含まれており,これが開示請求の対象となると,就職の際に開示請求の結果を提出させるなどの方法で第三者による前科等の審査に用いられ,本人の社会復帰を妨げるなどの弊害が生ずるおそれがあるため,これを防止するという趣旨に基づくものであったと解され,また,旧法は,個人情報ファイル簿に掲載されていない個人情報ファイルに係る処理情報について,開示請求をすることができるものから除く旨を規定し(13条1項本文),勾留の執行,矯正又は更生保護に関する事務(7条3項3号)等に使用される個人情報ファイルについて,その保有目的に係る事務の適正な遂行を著しく阻害するおそれがあると認めるときは,個人情報ファイル簿に掲載しないことができる旨を規定していた一方(同項柱書き),旧法13条1項ただし書は,刑事裁判等関係事項とは別に,病院,診療所又は助産所における診療に関する事項(以下「診療関係事項」という。)を記録する個人情報ファイルに係る処理情報を開示請求の対象から除外する旨を規定していたが,これは,診療関係事項に係る個人情報の開示については,当面,診療の当事者相互の信頼関係に基づく医療上の判断に委ねるのが適当であるとの考えに基づくものであったと解されるとしました。

 

 

 

このように旧法では,診療記録は刑事裁判等関係事項とは別に書き分けられており,旧法を改正して成立した行政機関個人情報保護法で新たに設けられた45条1項についても,特にそのような建て付けが変更される議論がされたものとは窺われず,旧法の構造のまま成立したものと考得られるとしています。

 

 

そのような法の趣旨としては,拘置所を含む刑事施設においては,これに収容されている者(被収容者)の健康等を保持するため,社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとされ(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律56条),刑事施設の長は,被収容者が負傷し,若しくは疾病にかかっているとき,又はこれらの疑いがあるとき等には,速やかに,刑事施設の職員である医師等による診療を行い,その他必要な医療上の措置を執るなどとされている(同法62条1項等)。そして,刑事施設の中に設けられた病院又は診療所にも原則として医療法の規定が適用され(同法30条の2,医療法施行令3条2項参照),これらの病院又は診療所において診療に当たる医師等も医師法又は歯科医師法の規定に従って診療行為を行うこととなる。そうすると,被収容者が収容中に受ける診療の性質は,社会一般において提供される診療と異なるものではないというべきであるからと指摘し,被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は,行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらないと解するのが相当であるとしています。

 

 

刑務所に収容されている者が矯正管区長に対し診療録て行った診療録等の開示請求の可否 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)