https://www.jiji.com/jc/article?k=2020060500985&g=soc
あるベテラン裁判官は「逃亡の恐れはないかもしれないが、寝たきりでも電話で他の人に指示するなど証拠隠滅は可能」と話す。「症状が安定すると、そうしたことにも頭が回るようになる」という。
(6月6日時事ドットコムから一部引用)
被疑者の勾留については,刑訴法207条1項により準用される60条1項の各号の要件を検討することになります。
刑事訴訟法第60条1項 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。一 被告人が定まつた住居を有しないとき。二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
この件がどの要件に該当すると判断されたのかについてはつまびらかではありませんが,実務上は,2号の罪証隠滅をすると疑うに足りる相当な理由があるときにあたるとされることが多いです。
私が司法修習生をしていた時期(2003年頃)の刑事弁護の講義では,既に,どのような罪証隠滅が可能であるのか「具体的に」検討し,そのような恐れがないことを反論するというやり方が教えられており,その後,実務に出てからはいくらそうしたことを主張してもなかなか受け入れられないということが続いていたように思います。
最近では,裁判所が特に保釈の検討に当たってはそうした具体的な罪証隠滅の恐れのないことを念頭に広く保釈を認める傾向にあるように思いますが(刑訴法89条4号),勾留を認めるか却下するかというレベルの話では,まだまだ抽象的な罪証隠滅の恐れを理由にして勾留を認めているような気がします。
本件は,確かに重大の事案であることは疑いようはないとしても,映像で見る限り,被疑者の火傷の程度が重く,具体的にどんな罪証隠滅の恐れがあるのかというのは疑問です。
記事のコメントで「逃亡の恐れはないかもしれないが」とありますが,確かに,自力で十分な歩行すらできないような状況で逃亡するに疑う相当な理由というものは考えられないとしても,この点,ある程度体が動くとして,被疑者が自殺する恐れがある場合に「逃亡すると疑う相当の理由」(3号)に該当するかという論点があります(犯人であるかどうかは別として,その事案の重大性から,意識を回復した場合に,何とか少しでも動く体を利用して自殺をしようと思い定めることは考えられないことではないと思います)。
一般的には,「逃亡」とは生きながら所在をくらませることなので,自殺の恐れのみをもって「逃亡するに疑う相当な理由」と解釈することは難しいとされています。
本件は,「定まった住居を有しないとき」(1号)にはストレートに当たりそうですが,この要件は逃亡の恐れ(3号)とともに公判廷への不出頭を類型化したものと考えられているので,自力で動けずに入院しているような人についてまで住居不定というだけで勾留要件にあたるとしてしまってよいのかについては疑問の余地があります。
結局のところ,下記の率直すぎるコメントが本件の勾留の実質を言い当てているとは思うのですが,本当にこんなコメントを裁判官が匿名とはいえするものなのかという疑問はありますが。。
別の裁判官は「事案の重大性から勾留が必要と判断したのだろう。同じような犯罪を抑止するためにも身柄拘束は避けられない」と語った。
(同前)