判例タイムズ1469号で紹介された事例です(東京地裁平成30年7月5日判決)。

 

 

本件は,特殊詐欺の現金送付先として利用されていた私書箱業者の下で仕事を手伝っていた原告が,詐欺(未遂1件,既遂2件)の被疑事実で約62日間身柄拘束され,詐欺の故意を否認し続け,処分としては不起訴(嫌疑不十分)となったため,検察庁の被疑者補償規程に基づいて補償の申出を行ったが補償しないとの裁定が下され,不服申出も退けられたため,裁定処理の取消しを求めるとともに,本件で保証を認めなかったことは違法であることなどを理由として国家賠償を求めたというものです。

なお,私書箱事業者そのものについては詐欺ほう助などで起訴され,一審では有罪(実刑)とされたものの,高裁で逆転無罪となり確定したため,刑事補償を受けており,本件原告もこの高裁での無罪判決の確定後に本件補償の申出を行っています。

 

 

被疑者補償規程については検察庁のサイトにpdfで規定が掲載されています。

知識としては私も知ってはいますが,弁護士していた被疑者が不起訴となった後に実際に申出の代理をしたり,補償を受けた利したという経験までは今のところありません。

 

 

【検察庁 被疑者補償規程】

http://www.kensatsu.go.jp/content/001304363.pdf

 

 

本件では,そもそも,検察官が行った補償しないとの裁定が取消しの対象となる行政処分に該当するかということが問題とされましたが,憲法40条で定められている補償請求権について,別件逮捕勾留のような実質的に無罪となった事実についての逮捕勾留である場合である場合には不起訴となった事実についての逮捕勾留についても補償の範囲内と解する余地はあるが,単に,逮捕勾留に係る被疑事実が不起訴となった場合には憲法上の補償の問題を生じることはないとした判例を引用した上で,被疑者補償規程ができた経緯(不起訴処分を受けた者について補償請求権を認めると不起訴処分に確定力を持たせることになってしまい制度として疑問があること,不起訴処分を受けた者が自分は無罪であるとして訴訟提起することを容認すると裁判所が不起訴処分となった事実の嫌疑について判断することになり起訴便宜主義や起訴独占主義といった刑訴法の原則に抵触することになりかねないことから立法化が見送られてきた)を指摘し,被疑者補償規程に基づく裁定は,国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえず,行政(抗告)訴訟の対象となる行政処分に当たらないと判断されています。

 

 

憲法第40条 何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。

 

また,本件が被疑者補償規程に基づく補償対象外とした本件の裁定判断が国賠法上違法となるかという点について,(この点を具体的に判断してしまうと先ほど述べたような問題が生じるような気もしますが本判決では判断しています),規程2条の「罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるとき」とは,構成要件該当来がないとか違法性阻却事由や責任阻却事由があることが明らかに認められるため犯罪が成立しないことが明らかである場合のほか,証拠上,被疑者の嫌疑が極めて薄弱であるときも含まれるが,犯罪の成否等が真偽不明の時はこれに当たらないとし,本件の具体的事情をあげて,本件の裁定が著しく不合理であったとはいえないと判断しています。