判例タイムズ1458号で紹介された事例です(東京地裁平成29年5月29日判決)。
本件は築地市場で魚の卸をしていた原告が、食肉加工品(ハムやベーコンなど)りの製造販売を行う被告会社の「東京営業所長」を名乗ったA
との間で、マグロの販売基本契約を締結して2か月間で約640万円のマグロを販売し被告会社に対し売買代金を請求したところ、被告会社から
同社には東京営業所はなく、Aはそのような地位にある者でもなくマグロの取引の代理兼もなかったなどとして支払いを拒否されてしまったことから、原告が被告会社に対し売買代金の請求をしたというものです。
原告は、被告会社がAに対してマグロの取引の代理兼を授与していたと主張しましたが、被告会社はマグロを取り扱う会社ではなく、契約書に押印されていた印も被告会社が使用していたものではなかったことなどから、この点に関する原告の主張は退けられています。
原告のもう一つの主張の根拠は会社法9条で「名板貸し責任」と呼ばれているものです。
また随分と古めかしい呼称ですが、自己の商号を使用して事業(営業)を営むことを他人に許諾した会社は、その会社がその事業を行うと誤認した者に対して責任を負うというもので、今回のケースでいえば、被告会社が、自己の営業所長として活動することをAに許諾し、そのために原告は被告会社がマグロの事業を行うと誤認したとして被告会社の責任を追及したわけです。
(自己の商号の使用を他人に許諾した会社の責任)会社法第9条 自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した会社は、当該会社が当該事業を行うものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う。
本件で、そもそも被告会社がAに自社の東京営業所長を名乗ることを許諾していたかどうかについても争いになりましたが、被告会社は窮地に陥っていたところをAから製品の供給をうけるなどして助けてもらっていたという恩義があったようで、このようなことから、Aがそのように名乗って活動することについて許諾していたと認められています。また、原告の代表者らが被告本社を訪ねた際、同席したAが被告会社東京営業所長と記載された名刺が机の上に置かれて被告会社の役員からも認識可能であったことなどからもそのように認定されています。
ただ、名板貸し責任が認められるための要件として、商号の使用を許諾した会社の事業の範囲内でのみ責任を負うとされ、商号の使用を許諾された者が別の事業を行ったときは特段の事情がない限りは責任を負わないとされています(判例)。
名板貸し責任は、当該会社がその事業を行っているのであろうと誤認した取引先の救済を目的としているので、事業の範囲が異なっているのであれば誤認も生ぜず保護する必要がないという理屈からです。
本件では、被告会社が行っていたのはハムやソーセージといった食肉製品の加工販売であり、魚であるマグロは取り扱っていなかったことから事業の内容が違うということが問題となり、判決も、マグロの販売は被告会社の事業とは異なっていると認めています。
しかし、Aが原告との取引をするにあたり、デパートで職人とともにマグロの販売も行うと説明していたことなどから、同じ業者が食肉とマグロを取り扱うことが一般的ではないとしても、原告が、被告会社がそのようなマグロの販売を行うと誤認したことについて特段の事情があるとして、被告会社に名板貸し責任を認めての支払いを命じました。