判例タイムズ1458号などで紹介された最高裁判例です(平成30年9月27日判決)。
勤務中に交通事故にあった場合,業務災害として認定されれば被害者は自賠責保険の請求も労災保険の請求もすることができます。ただ,労災保険では治療費については限度額はないこと(自賠責保険だと傷害の場合120万円までという限度額がある)などから,労災保険を使ったほうが被害者に有利であるとされています。また,加害者が任意保険に加入していたとしても,任意保険会社による治療費支払いの打ち切りの要求に頭を悩ませることもないというメリットもあります。
本件も,交通事故の被害者が業務災害として労災保険から支払いを受けていましたが,交通事故において国から労災保険が給付された場合,その分だけ,国が自賠責保険に対して請求することができるということになっています(労災保険法12条の4第1項)。
このこと自体は当然のことで,被害者がすでに給付された金額さらに自賠責保険に請求できたのでは二重取りになってしまうからです。
労働者災害保険給付法12条の4第1項 政府は、保険給付の原因である事故が第三者の行為によつて生じた場合において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。
問題となったのは,労災保険給付では填補しきれない損害が生じたとして本件被害者が自賠責保険に対して被害者請求をしたのに対し,給付分について国が自賠責保険に対しても請求権があり,前記したように自賠責保険には支払限度額があるため,両者の合計金額がこの限度額を超えてしまったので,被害者を優先して支払ってよいのか,それぞれの請求金額の割合案分して支払うべきかということでした。
本件の原審は案分説を採りましたが,最高裁は,交通事故の被害者が自賠責保険金額の範囲内では確実に損害の填補を受けることができるようにして被害者の保護を図ろうとしている自賠責法16条1項(自賠責保険の被害者請求)の趣旨などから,被害者は国に優先して自賠責保険から支払いを受けることができると判断しました。
なお,似たような問題状況が裁判となった事例として,市が老人保健法に基づき医療給付をしたという事案でも,被害者が優先するという判例があり(最高裁平成20年2月19日判決),この判決以降,老人保健や健康保険の分野では被害者優先説に沿って処理されていたが,労災保険の分野では案分説によって処理されていたという実務の運用があったものの(そうであったから本件のような裁判となった),本判決により,被害者優先説に沿って処理がされるということになります。
また,本判決では,自賠責保険の被害者請求(自賠法16条1項)がされた場合に,請求遅滞に陥るのはいつか(遅延損害金がいつ発生するのか)という点に関し,自賠法16条の9の「確認をするための必要の期間」について,保険会社において,被害者の損害賠償額の支払い請求に係る事故及び当該損害賠償額の確認に要する調査をするために必要とされる合理的な期間をいい,その期間については損害賠償額に関して保険会社が取得した資料の内容及びその取得時期,損害賠償額についての争いの有無及びその内容,被害者と保険会社との間の交渉経過等の個々の事案における具体的事情を考慮して判断すべきであるという判示もなされ,本件の原審が判決確定時まで遅滞には陥らないとした判断について妥当でないとしています。
自働車損害賠償保障法第16条の9 保険会社は、第十六条第一項の規定による損害賠償額の支払の請求があつた後、当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間が経過するまでは、遅滞の責任を負わない。2 保険会社が前項に規定する確認をするために必要な調査を行うに当たり、被害者が正当な理由なく当該調査を妨げ、又はこれに応じなかつた場合には、保険会社は、これにより損害賠償額の支払を遅延した期間について、遅滞の責任を負わない。